Arknights:Endfield / The Last Memory

#07 ドライブ

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久々に休みが合ったので、ドライブがてら買い物に行くことになった。

雲一つない空を助手席から見上げてから、管理人はドアの内側にあるスイッチを押して窓を開けた。

まだ夏というには少し早い季節で、風はひんやりとしている。しかし、ここ最近強くなり始めた日差しのおかげなのか、寒さを感じるほどではない。

助手席から見る景色は、自分で運転するときに見る景色とはだいぶ違う。

自分が普段乗っている丸いフォルムの小型車よりも、一回りどころかずっと大きいこのSUVは、車体も大きくて車高も高い。そのせいか、いつもより先の景色まで見えるような気がした。

一本道が続く海岸沿いの道は、土日ということもあって車の量は多いものの、思ったよりもスムーズに進んでいく。

スピードに乗った車の窓から入ってくる風は思ったより強く、管理人はふわふわと揺れる癖のついた前髪を手で押さえた。

 

「晴れてよかった」

「あぁ、最近雨続きだったしな」

 

窓の外を見ながら言えば、運転するウルフガードが同意するように言葉を重ねた。

不意に天井からも流れ込んでくる風に気づいて、管理人は顔をあげた。

先ほどまで閉じていたシェードはとっくに後ろへ引かれ、薄く色づいたガラス越しに青い空が現れた後、ガラスパネルそのものが低い機械音を立てて後ろへ滑っていた。

 

「ここって、開くんだ」

「この方が空もよく見える。それに、髪型も崩れないぞ」

 

揶揄うように言うウルフガードに、管理人は思わず前髪から手を離した。

別に今更髪型を気にしていたわけでもない。どんなにセットをしたところで、どうせこの癖毛はいつも似たような形に戻ってしまうのだから。

頭上から入ってくる風は、助手席の窓から入ってくる風ほど強くはなかった。むしろ、程よく柔らかい。

やはり空には雲一つない。

空から何か得られるものがあるかもしれない、という誰かの言葉を思い出したが、それがドラマなのか映画なのか、どこで聞いた言葉だったのかは忘れてしまった。

さすがに眩しくなってきて、ムーンルーフから運転席へと視線を移す。

車で一緒に出掛けるのは久々なので、運転するウルフガードの姿を見るのも久々だった。少し骨ばった大きな手が太いハンドルを片手で握り、もう片方の腕はセンターコンソールに緩く預けていた。

前方を見据える瞳は静かで、しかし周囲の車の動きをしっかりと捉えるようにたまに瞳が動く。改めてその姿を見たせいだろうか、しばらく視線を逸らすことができなかった。

その視線に居心地が悪くなったのか、ウルフガードが少しだけ目を細めながら横目でこちらを見た。

 

「どうした」

「え?」

 

 声をかけられて、やっとその横顔を見つめ続けていたことに気づいた。

 

「そ、空見すぎて、ちょっと目が痛くなっちゃって」

 

 なんとも言い訳にもならない言い訳だと思いながら、管理人は顔を逸らしてまた窓の外を見た。

 

「そうか」

 

 短く聞こえた返事が笑いを含んでいることに気づいたが、これ以上は墓穴を掘ってしまうので、敢えて何も言わないことにした。

 

 

 

 

 しばらくすると、目的地のショッピングモールが見えてきた。SNSやテレビで話題になっているだけあって、駐車場の入口にはすでに車の列ができている。

 

「さすがに混んでるね」

「仕方がない。土日だしな」

 

 列はゆっくりと進み、車は誘導灯に従って立体駐車場へ入った。

 外の明るさが少し遠のき、代わりにコンクリートが反響するタイヤの音が車内へ響く。

 

「あそこ、空いてる」

 

 管理人が指さした先には、大きいSUV車でも入れそうな駐車スペースが空いていた。

 車は駐車スペースへと向かい、次の瞬間、ウルフガードの右腕が助手席の背もたれへ伸びてきて、管理人のすぐ横に大きな手が置かれた。

 

「っ」

 

 反射的に肩が跳ねてしまった。

 しかしウルフガードはそれを気にした様子もなく、体をこちら側へ少し捻る。大きな手が助手席の背もたれに掛かり、そのまま後方を確認する横顔が思ったより近くなった。

 ただ駐車しているだけなのに、管理人は思わず息を止めた。

 大きな車体がゆっくりと後ろへと下がる間も、その横顔を見つめてしまう。

 車が止まり、前に向き直ろうとしたウルフガードと目が合って、管理人はハッとしたように止めていた息を飲み込んだ。

 

「……今日はどうしたんだ?」

 

 不思議そうに尋ねてくる恋人に、何度も首を横に振る。

 けれど、朝から一人でこの胸の鼓動を抱えているのも癪で、管理人は口を開いた。

 

「久しぶりに見たから」

「何を?」

「キャトロが、運転してるところ」

 

 ウルフガードが黙る。

 管理人は誤魔化すように、膝に置いていたボディバッグを抱きしめた。

 

「かっこいいなって、思っただけ」

 

 駐車場を出入りする他の車の音が、なんだか遠くなった気がした。

 

「……行くぞ」

 

 そう言いながら、ウルフガードは前方に向き直ると車のエンジンを止めた。

 頭上の獣耳が小刻みに動いているし、顔は少しもこちらを向いてくれなくなってしまった。

 様子を伺うように、首を傾けながら見つめて気づいた。

 

「もしかして、照れてる?」

「行くぞ」

 

 先に車のドアを開けたウルフガードに倣って、管理人は小さく笑って助手席のドアを開けた。

 

 

 

 

 

 有名なブランドやセレクトショップが立ち並ぶショッピングモールは、どこを見ても人でいっぱいだ。

 吹き抜けになった通路には家族連れやカップルが行き交い、店先からは呼び込みの声や軽い音楽が重なって聞こえてくる。管理人は入り口近くに設置されているフロアマップを見上げながら、行きたい店を確認した。

 

「服見てもいい?そのあと雑貨屋も見たいし、ここのスイーツの店も気になってて」

「管理人が行きたいところなら、どこでも付き合う」

 ウルフガードは管理人の隣に立ちながら言った。

 一通り地図を見て、目的の場所を決めてから歩き出す。

 混雑した場所では、ウルフガードの距離がいつもより少しだけ近い。こちらが人とぶつかりそうになると、腰や肩に手を添えて、さりげなく歩く位置を変えてくれる。

 その仕草があまりにも自然で、管理人は気づかないふりをしながらも、少しだけ口元を緩めた。

さっそく入った最初の服屋で、管理人は目に留まった淡い色のシャツを手に取った。

 

「これ、どうかな?」

「似合う」

「まだ合わせてもいないのに?」

「管理人なら、なんでも似合うだろ」

 

本気で褒めてるのか興味がないのかわからないが、とりあえず第一候補としておくことにする。

 

「キャトロも、新しい服買おうよ」

「俺は間に合ってる」

「そう言って、いつも同じような服ばっかり着てるじゃないか。まぁ、人のこと言えないけど」

「動きやすければなんでもいい」

 

 改めて恋人を見れば、オーバーサイズの白無地のTシャツに、少しダメージの入ったビンテージのワイドデニム。こちらは出かけると決まってからしばらく唸って決めたくせに、結局当たり障りない半袖シャツとスキニージーンズ。

 確かに動きやすい格好なのだろう。

 それなのに、自分よりもよっぽどラフな格好でも様になっているのだから、服にこだわらなくなるのも頷ける。

 それでも、半ば押し付けるように目についたTシャツを選び、自分の第一候補だったシャツと一緒に会計へ持っていった。ウルフガードは特に文句も言わず、紙袋を受け取って次の雑貨屋へ向かった。

 次に入った雑貨屋では、特に何が欲しいというわけでもなく、可愛い置物やおしゃれな食器を見て回った。

 他にも目についた店をいくつか覗いてから、二人はスイーツ店へと入った。思ったよりも並ばなかったのは幸いだった。

 窓際の席に案内され、さっそくメニューを開く。

 

「この限定パフェは頼もう。職場の同僚がネットで人気だって言ってたんだ。キャトロはどうする?」

「管理人が食べたいもので構わない」

「じゃあ、気になるものは?」

「特にない」

 

 まるで興味を示さないウルフガードの様子に、管理人は口を尖らせた。

 口を尖らせる恋人の様子に、ウルフガードは仕方なくメニューを一通り見てから、甘さ控えめと書かれたチーズケーキを指さした。

 注文を終えれば、程なくしてスイーツたちが運ばれてきた。

 メロンがふんだんに乗った限定パフェは、思っていたよりも大きくて、透明な器の中に淡い緑のメロンゼリーとミルククリーム、丸くくり抜かれた果肉が重なっている。

 

「思ってたより大きい」

「食べきれるのか?」

「大丈夫だよ、多分」

 

 管理人はさっそくフォークで上に乗っているメロンの一つを取ると、口に運んだ。フレッシュな甘みが口の中に広がり、瓜科特有の少しだけ独特な後味もなく食べやすかった。

 

「んん、おいしい」

「よかったな」

「キャトロも食べる?」

 

 フォークで次のメロンを刺し、ウルフガードの前に差し出すと、一瞬眉が動いたのに気づいた。

 少しだけ躊躇ったものの、差し出されたメロンを食べる恋人の様子に、管理人は満足そうに口元を緩めた。

 

「どう?」

「……美味い」

 

 甘すぎない味が気に入ったのか、素直に感想を言う姿に、更に笑みが深まる。

 それからも買った服の話や雑貨屋で見たもの、次に来るなら平日がいいことなど、他愛ない話をしながらゆっくりとスイーツを味わった。

 

 

 

 ショッピングモールを出るころには、空の色が少しずつ夕方に近づいていた。

 駐車場へ戻ると、ウルフガードは買い物袋を後部座席に置き、管理人が助手席に乗るのを確認してから運転席へ回った。

 

「一日経つの早いね」

「そうだな。休みだと特に」

「せっかく出かけたのに、このまま帰るのは……ちょっともったいない気がしちゃうな」

 

 シートベルトを締めながら言う管理人の言葉に、ウルフガードは少し思案すると、備え付けのナビ画面で帰り道を確認した。

 

「……寄り道していくか?」

「いいの?」

「ここからなら、海もすぐだ。ちょうど夕日が見られるんじゃないか」

 

 ウルフガードの提案に胸を弾ませながら、管理人は滑り出す車のシートに身を預けた。

 駐車場を出て、海岸方面へと向かう。

 程なくして着いた海岸沿いの駐車場は思ったよりも混んでおらず、駐車場の端の方へと車を停め、静かにエンジンを切った。

 車を降りると、遠くから波の音が聞こえた。

 駐車場から砂浜へと続く階段を降りていき、並んで海を眺めた。沈みかけた夕日が、空と海を橙色に染めている。日が落ちてきて少しだけひんやりとした潮風が、肌を撫でていく。

 

「いい景色」

「あぁ」

 

 家族連れなのか、遠くで子供たちがはしゃいでいた。親とかけっこをして、砂の上で転んでしまったにも関わらず、楽し気に笑っている。自分もあんな頃があったのかもしれないが、なぜか子供の頃の記憶はほとんど思い出せなくて、砂浜に視線を落とした。

 ふと隣にいるウルフガードの手元が視界に入る。手に握られた車のキーには、夕日を受けて鈍く光るドッグタグがついていた。

 

「それ、確か大学時代から持ってるよね?」

 

 管理人の言葉に、ウルフガードは自分が持っているキーに視線を向けた。

 

「気に入ってるの?」

 

 何気なく尋ねたつもりだった。

 しかし、ウルフガードはすぐには答えなかった。

 

「……まぁ、そうだな」

 

 夕日の中で、彼の顔が少しだけ遠く見えた。

 ただ気に入っているというには、少しだけ違和感のある声音。

 

「大事なもの?」

「そうだ」

 

 はっきりと返ってきた答えに、なぜかそれ以上は聞けなかった。

 管理人は肩に掛けていたボディバッグから、自分の鍵を取り出した。家の鍵と車のキーと、そして鉱石のキーホルダーがついていた。黒色を基調として、今見ている夕日みたいな橙色がところどころ混ざる、不思議な色合いをしている。

 いつからつけているのか、管理人にはわからなかった。

 けれど、手離してはいけないもののような気がしていて、なくさないよう鍵と一緒につけていた。

 

「僕のは、よくわからないんだけど」

 

管理人は鍵についている鉱石をウルフガードに見せるように摘まんだ。

 

「これ、なんでつけてるのか覚えてないんだ。でも、なんでか手離せなくて」

 

ウルフガードの視線が、管理人の持つ鉱石に注がれる。

その瞳が、一瞬だけ揺れた。

 

「……そうか」

 

二人の間に波の音が入り込み、会話を分かつ。

少し間を置いて、ウルフガードが口を開いた。

 

「……交換するか?」

 

ウルフガードからの問いに顔を上げた管理人が、小さく首を傾げる。

 

「管理人のその石と、俺のドッグタグ」

「え?」

 

はっきりと物を指してきたウルフガードに、管理人は驚いたように目を丸くした。

 

「でも、大事なものなんでしょ?」

「大事だからこそだ」

 

ウルフガードは管理人に体ごと向き直ると、真っすぐに見つめた。

その真剣な眼差しに、思わず胸が高鳴る。

 

「大事だからこそ、管理人に持っていて欲しい」

 

 そう言いながら、鍵がついているカラビナから、ドッグタグを外した。

 それには、まるで何かのチップを模したような金色の刻印があった。そして橙色よりも濃い、燃える赤に近い色の天然石が一緒についている。

 ウルフガードの手により差し出されたそれに、管理人も自分の鍵から鉱石を外した。

 そして、ドッグタグを受け取るのと引き換えに、鉱石をその手のひらの上に置いた。

 

「ありがとう、キャトロ。大事にする」

 

 さっそく自分の鍵がついているキーリングにドッグタグをつけてみる。

 見慣れない鍵の束に、少しだけ胸の奥がくすぐったくなった。

 

「鍵、間違えないようにしないとね」

「そうだな」

 

同じように、ウルフガードも自分のカラビナに、受け取った鉱石をつけた。

夕日を通すと、どこか畏れを覚える色合いさえ醸し出すそれを、ウルフガードはしばらく眺めた。

 

「……大切にする」

 

視線を逸らしたままそう言う彼の尻尾がゆらりと揺れるのを見て、管理人は嬉しさに目尻を下げた。

 

 

 

 結局日が沈むまでそう時間はなかった。

 先ほどいたはずの親子連れも、いつの間にかいなくなっていた。他にもいたカップルや友人同士の群れもいつの間にか姿を消していて、管理人とウルフガードは最後に駐車場へと向かった。

 停まっている車は少なくなり、駐車場は静まり返っていた。対照的に、隣の国道を走る車たちは賑やかだ。

 

「キャトロの大切にしてたものを持ってるって、なんかいいね」

 

助手席に乗り込んだ管理人は、改めてキーについたドッグタグを眺めながら言った。

 

「そういうものか?」

「うん。離れてても、少しだけ君を感じられる気がする」

 

ハンドルに手を置きながら、ウルフガードは思わず管理人を見つめた。

 

「……離れない」

 

 そう聞こえたときには、キーを持つ手はウルフガードに握られていた。

 管理人は少し驚いたように瞬きをしながら、運転席にいる恋人に視線を向けた。

 そっと近づいてきた影に、唇を攫われる。

 賑やかな国道から入ってくるライトの光が、持ったままの鍵を照らし、古びたドッグタグが鈍く反射する。

 管理人は目を閉じながら、その冷たい金属の感触を離さないように、手の中に閉じ込めた。

 

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