管理人は倹約家だ。別段、収入に困っているわけでもないのに、食材を買いに行くときはスーパーのタイムセールを狙っていくし、高いからとコンビニに立ち寄ることも少ない。たまに特売日を知らせるチラシがポストに入っている時は、お気に入りのペンギンの絵が描いてあるエコバッグを持って、意気揚々とスーパーへ向かう。そしてもちろん、時間が合えば今日のように荷物持ちのために同行する。
「卵は一人2パックまで…お肉はグラム数だけ見ると今日はちょっと高いかな…今日だけの大容量パックがあるけど、特売値段よりいつもの方が実は割安なんじゃ…」
チラシと品物を交互に見ながら、一人ぶつぶつと呟いている管理人の隣で待つ。カートには買い物カゴが載っていて、すでにカゴの端からはみ出るほど食材が載っている。そういえば、昔も武陵の天師龍泡泡セットを仕入れるだとか、四号谷地のアンゲロスの缶詰セットを売るとか、そんなことをやっていた気がする。その時も売上がどうとか、損益レポートのチェックがなんだとか言っていた。記憶の中にあるリミッターをつけた姿を思い出す。その記憶に、パックされた豚肉と先ほどから睨み合いを続ける目の前の人物を重ねながら、きっと頭の中で繰り広げられているであろう損益レポートの集計が終わるのを待った。
大事なことなので二度言うが、管理人は倹約家だ。そう、倹約家のはずなのだ。先ほど買ってきた食材たちは特売セールの戦利品たちだし、なんならしっかりと二人で自炊もして、定食屋よろしくバランスの良い夕飯まで一緒に食べ終えた。しかし、果たしてその意味があるのかという光景が目の前で繰り広げられている。
「今日から実装だからね。金ならいくらでも出す」
管理人の部屋に置かれたゲームモニターを眺める。画面に映っていないはずの、見えない札束が飛んでいくのが見える、気がする。ゲーム画面には、何度目かもわからない決済画面が表示されていた。ベッドに腰掛け、先ほどからBluetoothコントローラーを片手にガチャを引きまくっている管理人の隣で、思わず深いため息が出た。
「スーパーでの時間はなんだったんだ…」
「何か言った?」
「いや、何も」
少しだけ怒気を含んだ声音で尋ねられ、思わず言葉を飲み込んだ。
「キャトロは新キャラ来た?」
「……無料石20連で」
「なんで!?」
「俺が聞きたい」
最近一緒に始めたネットゲームは、まだ配信されたばかりのもので、実装されているキャラクターが少ない。そのため、新しいキャラクターを持っていた方が、ゲームを進めていく上で何かと有利だ。実は、パソコン作業の合間を縫って、管理人よりも先にガチャは引き終えていた。モニター画面には”あと10回スカウトで確定”の文字が表示されている。苦々し気に画面を睨みつける管理人が、10回分のガチャを引く。お目当ての新キャラが出たものの、その表情は変わらない。
「結局天井か……ここから完凸させるまでにいくらかかるんだろう」
「ほどほどにしろよ」
「いや、男に二言はないよ。金ならいくらでも出す」
こんなところで男気を見せないでくれと思いながら、容赦なくガチャを引く管理人の様子を横目で見る。この調子だと、完凸させるまでゲームはやめないだろう。それどころか、管理人の腰を抱いているこちらの腕さえ気にしていない。普段なら、少し触れようものなら可愛らしい反応の一つでも見せてくるのに、今は実装されたばかりの画面の中のキャラクターに夢中だ。しかもそのキャラクターが、長身細身のイケメンときている。片翼の吸血鬼は、画面の中でモデルのようにポーズを取りながら、甘いセリフを吐いている。ゲームの中だとわかってはいるものの、恋人がその男に夢中になっている様子は、正直おもしろくない。モニター画面から視線を外し、画面に夢中になっている管理人の首筋に鼻先を寄せる。それでも反応を見せないのを確認してから、白い肌にそっと歯を立てた。
「っ……ちょっと、キャトロ。まだガチャ引いてるんだから」
その言葉におもしろくなさが急下降して、管理人の肩を押してベッドに押し倒した。やっとモニターから視線を逸らし、こちらを見上げてきた恋人を見下ろす。管理人は何度か瞬きをしてから、何かに気づいたように楽し気に目を細めた。
「……もしかして、嫉妬してる?」
「悪いか?」
肯定を示すように口から出てしまった言葉に、管理人は小さく首を横に振った。
「このキャラ完凸し終わったら、キャトロがして欲しいこと……なんでもしてあげるよ?それまで待てできる?」
ずるい男だ。そんな甘美な問いに、ノーと言えるわけがない。
「……貸せ、俺がやる」
少し思案してから体を起こし、管理人からコントローラーを奪い取る。管理人もベッドに座り直すと、再びモニターに体を向けた。さっそく10連ガチャを引いてみると、新キャラを引き当てた。
「すごい!さすがだね」
「当然の結果だ。無欲の勝利ってやつだ」
「でも、まだ先は長いなぁ……」
管理人は画面の右上に表示されている石の数を見ながら、小さく呟いた。コントローラーを奪うまでの間、すでに課金した分の石は使いこんでしまったようだ。
「……カンパしてやらんこともない」
「本当に?」
嬉しそうに瞳を輝かせながらこちらを見てくる管理人に、複雑な気持ちになる。結局画面の中のイケメンに貢ぐことになるのだが、それで恋人が笑顔になって、オプションに”何でも言うこと聞いてあげる”という条件がついてくるなら、悪い条件ではないだろう。いや、普通に考えれば悪い条件なのだが、恋人のためというバイアスに引っ張られた思考では、まともな判断ができていないことはわかっている。片手を伸ばすと、管理人の顎を掴んで顔を近づけた。
「その代わり、さっきの約束……忘れるなよ」
「あ、……えっと、」
「男に二言はないんだろ?」
念押しするように言ってやれば、管理人は黙って頷いた。その様子に満足して画面に向き直り、Tシャツの袖を捲った。
まんまと課金に加担する羽目になってしまったが、きっと恋人が一枚上手だっただけだ。やはり管理人は生粋の倹約家、なのかもしれない。