Arknights:Endfield / The Last Memory

#02 恋バナ

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「管理人って、同棲してるんでしょ?」

目の前の席に座るチェンにそう尋ねられ、管理人は皿の上の焼き鮭へ伸ばしかけていた箸を止めた。

「チェン。突然プライベートなことを聞くのは失礼よ」

隣に座るペリカが、ため息交じりにたしなめる。それから、一口大に切ったハンバーグを口へ運んだ。エンドフィールド工業のカフェテリアは、特別おしゃれというわけではない。それでも昼食時になれば、相応の賑わいを見せる。幸い、チェンの問いは周囲の喧騒に紛れたらしい。ちょうど席の横を通っていった他部署の社員が、こちらを振り返ることはなかった。

「同棲というか、同居というか……同棲、なのかな」

言葉の違いを考えながら、管理人は箸先を口元に当て、小さく呟いた。

「だって、大学時代からの恋人と一緒に住んでるんでしょ?恋バナ、聞きたいじゃん!」

チェンは興味津々といった様子で、目を輝かせながら身を乗り出してくる。確かに、以前同居人がいるという話はした気がする。けれど、恋人だと言っただろうか。管理人は頭の中に浮かんだ同居人の姿を思い出し、ふと口元が緩むのを自覚した。誤魔化すように、ほぐしたままになっていた焼き鮭の切り身を口へ運ぶ。

「恋バナらしい恋バナは、特にないよ」
「恋人がいたら、毎日が恋バナの宝庫なの!ねえ、どっちから告白したの?」

意味のわからない持論を展開しながら、チェンはぐいぐいと尋ねてくる。圧倒されながらも、その問いに引っ張られるように、管理人は当時の記憶を辿った。

「どっちだろう。同時、というか……気づいたら、そうなっていた感じで。でも、はっきり言ってくれたのは向こうからだったかも」

同居人とは学部が違った。それでも、取っている講義がいくつか重なっていた。いつの間にか話すようになり、いつの間にか一緒にいる時間が増えていた。バレンタインやクリスマスのような、世間が恋人たちのために用意したような日を、必ず一緒に過ごしていたわけではない。それでもメッセージを送り合ったり、ゼミや研究の予定がない日は、一晩一緒に過ごしたりもした。それまで、恋愛というものをまともにしたことがなかった。物理学や機械工学のような、自分の好きな分野ばかりに気を取られていた。だから、隣にいるだけで胸が浮き立つことも、離れる時間を寂しいと思うことも、全部が初めてだった。卒業を間近に控えた冬。もう一緒に講義を受けることも、昼食を取ることも、同じ帰り道を歩くこともなくなるのだと思った瞬間、どうしようもなく寂しくなった。誰かを手離したくないと思ったのは、人生で初めてだった。雪の降る帰り道。自分から想いを伝えようとしたその時、先に向こうが気持ちを言葉にしてくれた。こちらも同じ気持ちだと伝えて、人目もはばからず抱きしめ合った。積もり始めた雪が、抱きしめてくれた相手の尻尾に巻き上げられて、通りがかった人に睨まれたことまで覚えている。あの日のことを思い出すと、今でも胸の奥が少しだけ温かくなる。

「いいなあ。管理人の恋人、会ってみたい」

チェンの言葉に、管理人は口の中の鮭を思わず呑み込んだ。いくらほぐしていたとはいえ、固形物のまま喉を通ろうとした鮭に、盛大に噎せる。

「大丈夫ですか、管理人」

ペリカがすぐに紙コップを差し出してくれた。管理人はそれを受け取り、喉に引っかかった鮭を流し込むように、一気にお茶を飲み干した。

「か、管理人、大丈夫?」
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」

さすがのチェンも心配そうに声をかけてきたが、すぐにまた目を輝かせる。そして何かを思いついたように、持っていた箸を握りしめた。

「管理人の恋人も含めて、四人でショッピング行こうよ!絶対楽しいってっ」

もうすっかり一緒に出かけるつもりになっているらしい。チェンは一人で盛り上がりながら、どこへ行くか、何を見るか、ぶつぶつと予定を組み立て始めている。口元に手を当てて黙り込む管理人を見て、ペリカが小さく息をついた。

「管理人、チェンのことは気にしないで。恋バナに興味があるお年頃なだけなんです」

まるで子供の言い分を弁解する母親のような口調だった。管理人は困ったように笑う。

「管理人、いつ空いてるの?日程決めようよ」

すっかり行く気になっているチェンに、管理人は少しだけ身を引いた。同居人のことを、ここで話していいのだろうか。一般的ではない恋だという自覚はある。ペリカとチェンとは、ただの社員同士の付き合いではある。けれど入社当時から一緒に働いてきた二人には、仕事の相談も、何気ない話も、たくさんしてきた。信頼している。それは確かだった。けれど、一般的でない事を伝えるには、少し勇気がいる。

「……でも」

小さく口を開いた管理人に、それまで捲し立てていたチェンがぴたりと口を閉じた。ペリカも静かにこちらを見る。カフェテリアの喧騒が少し遠くなった気がして、こんなときはもっとうるさくなってほしいと思う。

「……その、同居人というか、僕の恋人は」

そこで一度、言葉が止まる。箸を持つ指先に少しだけ力が入って、管理人は二人から視線を逸らした。

「男性、なんだけど」

言ってしまってから、胸の奥が冷えるような感覚がした。わかってくれとは思わない。ただ、否定されたくはなかった。自分が大切にしている人を否定されるのは、自分自身を否定されることと同じだ。いや、それ以上に傷つくかもしれない。ゆっくりとチェンが動く気配がして、管理人は思わず俯いた。

「何か問題なの?」

思いがけない声に、管理人は顔を上げた。チェンは不思議そうに首を傾げている。

「今の時代、男とか女とか、あんまり関係なくない?」

そのあっけらかんとした言葉に、管理人は瞬きを繰り返した。不思議そうに言うチェンの隣にいるペリカも、当然のことのように頷いた。

「愛の形はそれぞれですから」

そう言って、ペリカは最後のハンバーグを口に運ぶ。それからフォークを置いた。

「そうそう。それに私たちだって、ねえ?」

チェンは隣にいるペリカの顔を覗き込みながら、楽しげに目を細めた。不意にペリカが小さく咳き込み、口元に手を当てる。口の中のハンバーグを呑み下すと、お茶の入った紙コップを持ったまま小さく息をつけば、頭にある獣耳が小刻みに動く。

「まあ……そう、ね」
「……え?」

管理人は何度も瞬きをしながら、目の前の二人を見比べる。午後の仕事の始まりを告げる十分前のチャイムが鳴った。

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