Arknights:Endfield

もう君の手を離したりはしない

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「じゃあ、また……ウルフガード」

「……あぁ」

そう言って僕は、握っていた彼の手を離したんだ。






「それでは、四号谷地開発地域についての状況報告会を始めます」

凛としたペリカの声で始まった会議。応接室には複数のオペレーターたちが集まり、部屋の中央に設置されたプロジェクターに映る映像を見つめていた。

四号谷地の治安は、決していいとは言えない状況だ。
流れ込んでくるランドブレーカーたちは後を絶たず、現在は広い荒野をいくつかの地域に分け、それぞれに専任のチームを置いている。

映し出される地図と資料を見比べながら、各チームの報告がされていく。

管理人も、専用デスクの上に置いた端末に表示された資料に目を通しながら、報告を聞いていた。

「中枢エリア担当は……ウルフガードでしたね」

名前を聞いて、無意識に視線を上げる。

一歩前に出たループスの彼が、映し出された中枢エリアの写真について一つずつ説明していく。

「三日前から南東部でランドブレーカーの移動が増えている。今のところ明確な拠点は確認できていないが、奴らが集まるとしたら、おそらくこの辺りだ」

管理人は目の前にあるプロジェクターを見つめながら、その実ほとんどループスの彼を見つめていた。

低く落ち着いた声で、必要なことだけを簡潔に説明する話し方は、いつもの彼だ。

以前なら、報告の最中も必ず視線が合った。

しかし、プロジェクターと手に持つ端末を行き来する視線は、一向にこちらを見ようともしない。
会議が終われば一緒に応接室を出て、カフェテリアで広い宇宙を見ながら、二人だけのミーティングをすることもあった。

管理人にとって数少ない記憶の中には、いつだって彼が隣にいた、はずだった。

「(あぁ、やっぱり……僕は君のことが、)」

管理人は喉奥に上がってきそうな言葉を飲み込み、マスクの下でゆっくりと目を閉じた。






別れたことを後悔していないと言えば、それは全くの嘘だ。

それでも彼の手を離したことに、意味はあると思っている。

過去の資料を追えば追うほど、自らが強い使命感を持ってタロⅡを復興しようと尽力してきたことは理解できた。もちろんそれはすべて、”今の自分”が知らないところで積み重ねられたものだが。

そして、自分が生きてきた年月の長さを知るほど、絶望した。

「(キャトロと同じ時間を生きることは、叶わないんだ……)」

自分の歴史を辿れば辿るほど、一般的な種族とは異なる時間軸で生きていることを痛感させられる。

彼と同じ速度で年齢を重ねることも、記憶を重ねることもできない。

また眠りについてしまったら、目覚めるのはいつなのだろうか。

彼が生きているうちに目覚めたとしても、自分は彼のことをきっと覚えていない。

”初めまして”と言いながら、かつての恋人に手を差し出す。それは、かつての恋人の姿を覚えている彼にとって、あまりにも惨い再会だ。

この体がいつまで存在するかすらわからない自分とは違い、彼には彼の時間がある。限りある時間が。

どちらにせよ、彼を独りにしてしまうことは明白だった。

ならば、隣にいない方がいい。

行きついた先は、恋人の手を離すという選択だった。

しかし、自ら手を離したくせに、その手で感じていた温もりをいつまでも求めてしまう。

ぐるぐると脳内を回る思考を止めるために、管理人はすっかり着け慣れたリミッターで半顔を覆うと、協約転送システムへと向かった。

会議室での報告会から数日後、ランドブレーカーたちを一掃するためのルートと要員が決まった。

四人一組の班に分かれてのチーム行動となり、今回は管理人、ポグラニチニク、ウルフガード、リーフォンが同じチームとなった。

ペリカが持ってきた提案資料。その中にあるチーム名簿を見た瞬間、僅かに胸がざわついたが、管理人として私情を持ち込むわけにはいかない。

まず向かったのは中枢エリア。未だ脅威の消えない見晴らしの良い荒野には、たかが数日経っただけだというのに、すでに資料にはなかった拠点らしき建物が点々と建っていた。

「管理人、体の具合はどうか?」

数歩後ろを歩くポグラニチニクに尋ねられ、管理人は振り返った。

「体?特に問題はないけど」

数週間前に受けたメディカルチェックでは、数値に問題はなかったはず。

管理人は不思議そうに言いながらポグラニチニクを見たが、重なった視線には心配の色が浮かんでいた。

「病床の人間も驚くような顔色をしている。戦闘は私たちに任せて、貴殿は指揮を取ってくれ」

ポグラニチニクの指先が頬に触れる。

その瞬間、リーフォンと共に更に後方にいるウルフガードと目が合った。

しかし、それはすぐに逸らされてしまった。

「そう、だね……わかった」

遠くに見える横顔は、何も言わない。

『顔色が悪い。本当に大丈夫か』

かつて、そう声をかけてくれた彼は、もう過去の記憶の中にしかいない。

管理人は静かに深呼吸をすると、戦場に向かって歩を進めた。

端末で指定した場所には、複数のランドブレーカーたちがいた。

その人数は事前の予測を上回っていたものの、自慢のオペレーター三人にかかれば一掃することは造作もない。

そこへ指揮に徹した管理人が加われば、戦闘は予想よりも遥かに早く終わった。

「思ったより手応えがなかったですね」

「油断は禁物だ。まだ何か仕掛けてくるかもしれない」

ほっとしたように槍を降ろすリーフォンとは対照的に、ポグラニチニクは剣を構え直しながら辺りを見回した。

「ランドブレーカーの反応もないし、この地域はこれで――」

端末片手に周囲の状況を確認していた管理人の耳に、低い音が届いた。

音がしてから、一瞬の出来事だった。

「え――」

「管理人!」

立っていた岩場へ亀裂が走り、聞こえた声に思わず手を伸ばしたが、それよりも先に体が宙へ投げ出された。

そのまま暗い穴底へと引きずり込まれる。

次の瞬間、強い衝撃と共に、全身が水の中へと沈んだ。

暗い水の中では、上下すらわからない。

苦しさにひたすらもがいて、しかし焦れば焦るほど、体が思うように動かない。

意識が薄くなっていく中、黒い影が近づき、こちらへ伸ばされる手が見えた。

必死になってその手を掴んだところで、管理人の意識は途切れた。






重い瞼をゆっくりと開けば、横たわったままの視界に暗い岩肌が広がった。

そしてその中で、鮮やかに焚き火の炎だけが揺れている。

「……目が覚めたか」

聞き慣れた声に、ぼんやりとしていた意識が一気に覚醒する。

焚き火の向こうには、見慣れたループスの姿があった。

「ウルフ、ガード……」

「大丈夫か?」

「一応……ここ、は?」

「どうやら地下洞窟みたいだな。落ちた先が池で助かった」

「……なんで、君が……ここに?」

管理人の言葉に、ウルフガードはすぐには答えなかった。

けれど、少しだけ眉を寄せてから、こちらに向いていた顔を焚き火の方へ向けた。

「お前は”管理人”なんだ。お前を守るのは、オペレーターとして当然だ」

オペレーターとして。

その一言に、何かを期待していた胸奥が抉り取られる。

管理人はじわりと熱くなった目頭を誤魔化すように、ゆっくりと体を起こした。

つけていたリミッターをはじめ、濡れたアウターやニットは脱がされている。彼の上着とトップスと共に焚き火の近くへ干されているのが見えた。

最低限のインナーだけになった体は、炎があるにもかかわらず酷く冷えていた。

「すぐに戻らないと……」

「無理だ。この高さは、さすがに登れない」

ウルフガードの言葉に、管理人は上を見た。

遥か頭上にある穴からは、僅かに太陽光が差し込んでいる。

「座標はポグラニチニクたちがわかっているし、すぐに助けが来るだろう」

冷静なウルフガードの言葉に、管理人は膝を抱えながらその場に座り直した。

「手間をかけさせて、ごめん」

ウルフガードは何も言わなかった。

返事のない沈黙に、管理人は抱えた膝に額を押し付けた。

ポグラニチニクからの指摘通り、体のコンディションは思っていたより悪かったらしい。

落ちる前の轟音だって、普段なら聞き逃さなかったはずだ。

仕事をして、自分を追い込んでいれば、何も考えずに済むと思った。

その結果がこれだ。

自分の不甲斐なさに、膝を抱える手に力が籠もる。

しばらく、炭の弾ける音だけが洞窟の中で響いていた。

「……くちゅんっ」

突然出てしまったくしゃみに、肩を震わせる。

思った以上に洞窟の温度は低い。

焚き火の炎から熱は感じるものの、それだけで濡れた体を芯まで温めるには、些か温度が足りていないようだ。

「もっと火に寄ったほうがいい。余計に体調が悪化する」

淡々とした物言いに、管理人は小さく肩を竦めた。

動くのが億劫だし、それ以上に、彼と距離を縮めたくなかった。

焚き火を挟んで向かいにいる彼とは、先ほどから一度も視線が合わない。

いや、合わせないようにしている。

見つめてくる視線が、怖いのだ。

手を離したのは自分なのに、それでも彼からの視線は変わらなかった。

真っ直ぐに、熱を帯びた暖かい視線は、いつだって包み隠さず愛おしいと訴えてくる。その瞳に見つめられることが、以前は嬉しかったはずなのに、今は罪悪感でいっぱいになる。

どうしてこうも、彼の前だとうまくいかないのだろう。

管理人として変わらず振る舞い、オペレーターである彼とうまくやっていく。

そう決めたはずなのに、自分の感情は少しも言うことを聞いてくれない。

不意に小さなため息が聞こえた。

呆れられたのだろうか。

そう思った瞬間。

「っ、」

背後に感じた体温に、息が止まった。

抱えていた膝ごとウルフガードに後ろから抱き込まれ、管理人は目を見開いた。

背中に触れる、厚い胸板。

こちらの体を覆う、傷跡とアーツ痕が刻まれた逞しい腕。

肩に感じる吐息と、忘れられない匂い。

「……嫌だろうが、暖まるまで我慢してくれ」

嫌なわけがない。

いつまでも恋焦がれていた腕の中に、今まさにいるのだから。

後ろから感じる体温は焚き火の炎よりもずっと暖かくて、それが今は、酷く寂しい。

体温と共に伝わってくる鼓動は、思ったよりも早い。自分だけがこの状況を変に意識してしまっているわけではないのではと、また都合のいい考えが浮かぶ。

とくとくと、二つの鼓動が重なる。

このままずっと、重なる音を止めずに、一緒に過ごせたら。

管理人は思わず、体に回る逞しい腕に触れた。

不意に大きく鳴った鼓動は、自分のものではない。

縋りたくなる気持ちを押し殺しながら、その腕にそっと額を預けた。






数時間ほどして救出された管理人は、ペリカの指示で強制的に休息を取ることになった。

せめて事務仕事くらいはと思ったものの、そんなことはお見通しとばかりに、端末も取り上げられてしまった。

やることのなくなった管理人は、帝江号の私室にあるベッドへと、仕方なく腰を下ろした。

半顔を覆うリミッターに手をかける。体調の変化があればすぐに医療班が飛んでくるのだろうが、体調が思わしくない今は、落ち着くまで誰にも会いたくない。どうせ部屋からは出られないんだからと、リミッターを外して枕元へ放ると、自分もそのままベッドへ倒れ込んだ。

目の前にある、無機質な天井を見つめる。

手持ち無沙汰になればなるほど、頭の中はかつての恋人のことでいっぱいになった。

はっきり言って、これ以上彼の傍で、平静を保てる自信がない。

彼はとっくに、管理人とオペレーターという立場に戻ったことを理解している。

洞窟であれほど近くにいたのに、それでもこちらが引いた境界を越えてくることはなかった。

当たり前だ。別の道を歩むことを選んだのは自分で、彼はこちらの選択に従っただけ。

別れたくせに、別れた後の覚悟なんてまったくできていなかった。

「追いかけて欲しいなんて、都合が良すぎる……」

その時、スライド式の扉が開いた。

この部屋に自由に出入りできる人物は限られている。

部屋の出入り口へと視線を向けた管理人は、思わず体を起こした。

「ウルフガード……」

そこに立つ人物と視線が合い、管理人は反射的に目を逸らした。

「悪い、起こしたか?」

管理人が小さく首を横に振るのを見てから、ウルフガードはゆっくりと歩み寄ってきた。

そして、ベッドの前で足を止めた。

「これを……返しにきた」

そう言いながら、ズボンのポケットから一枚のカードキーを取り出すと、静かにベッドヘッドへと置いた。

それは、唯一彼だけが持っている、この部屋の合鍵。

ベッドヘッドに置かれたカードキーを、お互いに黙って見つめている時間が、酷く長く感じられた。

「邪魔して悪かった」

そう言って背中を向けると、ウルフガードは再び扉へと向かった。

「待ってっ」

足早に出入口へと向かう後ろ姿にむかって、管理人は思わず声をあげた。

「あ、……えっと……」

もう今更なのに、慌てて手で口を塞ぐ。

呼び止めてどうするつもりなのだろうか。

やっぱり一緒にいてくれと泣いて縋るのか。

どうして追いかけて来てくれないのかと責めるのか。

言葉を探すように視線を彷徨わせている間に、肩を掴まれた体は再びベッドへと戻った。

「管理人」

肩を掴んでくる手に力がこもり、僅かな痛みが走った。

やっと重なった琥珀色の瞳には、今まで見たことがないほどの深い翳りが落ちていた。

「理解はしている。だが……納得はしていない」

悲痛な表情で見下ろすウルフガードから、管理人は目を離せなかった。

「お前が選択したことなら、従おうと思った。お前にも考えがあって出した答えなら……仕方がないと、諦めるつもりだった」

普段は必要なことだけを簡潔に話す彼が、選んだ言葉を一つ一つ丁寧に並べているのがわかる。

ゆっくりと紡がれていく言葉に、管理人は思わず息を呑んだ。

「でも……お前を手放すなんて、無理だ」

高鳴る胸の音は、もう誤魔化せない。

肩を掴んでいた手が離れ、代わりに握られた手が、一気に熱を帯びる。

「もう一度、俺の手を取ってくれ……管理人」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で必死に押さえ込んでいた何かが崩れた。

それでも、すぐに彼の手を握り返すことができなかった。

「……怖くなったんだ、君と生きていくのが」

管理人は見下ろしてくる視線から顔を逸らすと、小さく口を開いた。

「僕は君と、同じ時間を歩めない。それに、一緒にいる間に眠りについたら、目覚めたとしても、君のことを忘れてしまっていると思う」

冷静に伝えようとすればするほど、声が震えた。

「君だけが覚えていて、君だけが記憶を積み重ねていくんだ。僕といたことも、僕が君を好きだったことも……僕は眠りから覚めたら何も覚えていなくて、君だけが、記憶も想いも全部持ったまま生きていくことになる」

言葉にするたび、胸の奥に押し込めていた恐怖が形を成していく。

「どの道を辿っても、君を独りにして、不幸にしてしまうことが……すごく怖い」

握られたままの手が、無意識に震えた。

「僕と君では、流れている時間が違う。君には君の限られた時間がある。だから、離れた方がいいって……」

不意に、握ってくる手の力が強くなった。

管理人は驚いて、見下ろしてくるループスの彼と、再び視線を合わせた。

「お前が俺を忘れたら、もう一度出会えばいい」

「……え?」

「もう一度名前を教える。もう一度好きになってもらう」

手の甲に、彼の唇が触れた。

「限られた時間でも、隣にいることはできる」

少しかさついたそれは温かく、触れたところから全身が解けていくように熱が伝わる。

「先のことを悲観して、今のお前を手放すつもりはない。それに、俺が不幸に感じるかどうかは、お前が決めることじゃない」

唇が触れていた手に、今度は彼の頬が触れた。

そのまま燃えるような琥珀色の瞳に捉えられる。

「俺がお前の隣に居たいからって理由だけじゃ、この手は取ってくれないか……?」

管理人は息を止めた。

そんな真っ直ぐな瞳で、言葉で、想いを伝えられてしまったら、もう。

「……ごめん、キャトロ」

その言葉に、ウルフガードの眉が僅かに下がった。

握られていた手をそっとほどく。

代わりに彼の頬を手で覆って引き寄せると、触れるだけの口付けをした。

「手を離してしまって……ごめん」

名残惜しそうに残っていた彼の手を改めて握ると、今度は手の甲へと口付けた。

「っ……もう一度、この手を握っても……いいかな?」






何かを確認するようにかさついた親指の腹が、何度も頬を行き来する。

その無骨な手からは想像もできない甘さを含んだ指先が、酷く優しく触れてくるものだから、管理人は気恥ずかしさに視線を彷徨わせた。

「もう、お前に触れられないかと思った」

切なげに呟かれた言葉に、管理人は眉を下げた。

「ごめん……君の気持ちも考えずに、逃げるようなことをして」

「まったくだ。俺から逃げようなんて、無理に決まっている」

指先だけで触れていた頬を、代わりに柔らかい唇と吐息が撫ぜる。

「何があっても……どこまでだって追い続けてやる」

吐息が離れ、一度ぎらついた瞳に胸奥まで鷲掴みにされた気がした。

そしてまた顔が近付いて、今度は唇へと触れる。

狼らしさを見せる言葉とは裏腹に、重なる唇は優しい。

こちらの不安も何も、彼は自らが持っているその強い覚悟で、全て噛み砕いてくれる。

そしてそこを埋めるように、こうして体で、言葉で満たしてくれる。

管理人は触れていた唇を離すと、間近で恋人を見つめた。

「君一人に悲しい思いをさせるのは、嫌なんだよ」

こんなにも恋焦がれている相手のことを、忘れてしまうかもしれないなんて。

昔の自分を資料で見た時のように、この恋もまるで他人事に思えてしまうかもしれない。

「だからといって、俺の行動も気持ちも勝手に決めるな。そうなったときに、お前の傍にいるかいないかは、俺が決める。先のことまで一人で決めるな 」

離れてしまった唇が不満だったのか、すぐにまたそれが合わさった。

戯れのように何度も触れてくる唇の感触が気持ち良くて、簡単に流されそうになる。

しかし、まだ納得のいっていない管理人は、覆い被さるウルフガードの肩を強く押した。

「これでも僕はちゃんと、真剣に考えっ」

言いかけた唇を塞がれ、漏れた文句まで絡めとるように、熱い舌がこちらの唇を辿った。

「何度だって俺を好きにさせるから、心配するな」

どこからその自信が来るのかと思うが、彼が嘘をついたことはない。

任務と同じで、やると言ったらやる男だということは、管理人自身が一番理解している。

「すごい自信だね」

「当たり前だ。お前が俺を好きな気持ちよりも、俺がお前を好きな気持ちの方が大きい」

「そこは負けたくないんだけど」

「なら、次に記憶がなくなったときは、俺のことを一番に思い出せ」

未だに以前の記憶の断片さえ戻ってこないのだから、到底無理な話だ。

「そういうなら、すぐに思い出せるように……記憶にも体にも、もっと君を覚えさせてよ」

それでも彼のことならきっと、記憶よりも感情が覚えているに違いない。

煽り文句のように言ってやれば、先ほどまで優しかった指先が、明確に体の欲を呼び覚ますように触れ始めた。

首筋から鎖骨を辿った指先が、胸の突起を緩く摘み上げる。

思わず小さく声を漏らすと、ウルフガードの口角が少しだけ上がった。

「こうやって触れたら思い出すように、何度も可愛がってやらないとな」

もう片方の突起に感じたぬるりとした感触。突起に這う唇はきつくそこを吸い上げ、熱い舌先が絡まる。

両方の飾りを一緒に刺激されて、管理人は腹の奥に響くような刺激に足を擦り寄せた。

体を隠せるはずの服なんてものは、お互いとっくに身に着けていない。おかげで露になった股には、熱を帯びて頭を擡げる中心が無防備に晒されている。

少しでもそれを隠そうと太腿を擦り合わせていれば、間に差し込まれた手が太腿を撫でる。

足を割り開こうと意志を持って動く手に促され、裸体を晒される羞恥よりも快楽への期待が勝ってしまった管理人は、少しだけ足を開いた。

望み通り足を開かせた大きな手が、今度は割れ目をなぞる。

たどり着いた先にある蕾は固く閉じられ、まるで触れるものを拒んでいるようだ。

ウルフガードは一度体を起こすと、少しだけ開いている管理人の両膝を掴み、大きく開かせた。

「ちょっ、キャトロっ」

油断していた管理人は驚いたように声をあげたものの、露になったそこへ顔を埋める姿に肩を竦めた。

熱い舌と唾液が絡まり合いながら、指と共に閉ざされたそこを押し広げようと動いている。

その動きは性急ではないものの、確実に体を暴くという目的を持って進んでいく。

すっかり濡らされたそこに長い指が入るようになるころには、管理人自身から先走りが溢れ出していた。

行き来する指の動きを助けるように、己の垂らす先走りが割れ目を伝う。

上がる息を抑えられず胸を上下させていたが、突然下肢から感じた快感に、思わず背中を仰け反らせた。

「やっ、だ、めっ……キャトロっ、放してっ」

指が出入りする刺激だけでも背中がびりびりと痺れるのに、先走りが溢れる性器を口に含まれてしまえば、快感から逃げるように腰を捩る。

しかし、ウルフガードの手がそれを許さない。

片手だけとはいえ、管理人の細腰を固定するには十分だった。

腰骨を掴まれたまま、いいように下肢を蹂躙される。

「もう、で、るっからっ……んっぁあっ……!」

熱い粘膜に包まれたまま達してしまい、いつの間にか増えていた指をきつく締め付ける。

欲を吐き出し終えたのと同時に性器が解放され、体内から指が引き抜かれた。

やっと少しだけ遠のいた快楽の波に、管理人は思い出したように必死に酸素を吸い込んだ。

「管理人、」

そうしていたのも束の間、呼吸に向いていた意識が引き戻される。

達した余韻で弛緩した下肢に熱い猛りが押し付けられ、管理人はそちらへと視線を向けた。

反り返るほどに熱を増したウルフガードの性器が、先ほどまで指が出入りしていた部分に擦り付けられている。

「っ……ぁ……――!!」

期待に、蕾が収縮を見せた瞬間。

ぐちゅりといやらしい音を立てながら、雄の欲が体内へと侵入してくる。

眩暈がするほどの質量に、管理人は目を見開いた。

せっかく取り込んだ酸素を一気に吐き出してしまい、視界がちかちかして白くなる。

受け入れる器官でもないそこを暴かれながら、それでも彼を覚えている体が、誘い込むように粘膜が奥へと導く。

結合部が馴染むもなにもないうちに始まった律動に、管理人はシーツの上でひたすら声にならない声をあげた。

「ぁ、っあ……キャトロっ、はげ、しっ……!」

「管理人っ、……」

余裕がないのはこちらだけではないようだ。

普段なら、こんなにも早急に奥まで求めるようなことはしてこない。

いつだって管理人のことを優先して考えるウルフガードは、体を重ねている最中でさえその欲を理性で抑え込み、必ず管理人が落ち着いてから自らの欲を見せてくる。

しかし今は、獣じみた動きでひたすらその欲をぶつけてくる。

体の奥にまで、彼を刻み込まれるような衝動。

こんな激しい熱も、想いも、すべて消えてしまうとは思えない。

たとえ記憶を失っても、きっとまた、彼を好きになる。

「っ……キャトロ」

管理人はシーツに預けていた腕を上げると、ウルフガードの首へと絡ませた。

しがみつくように力を込めると、一瞬律動が止んだ。

「……もっと、もっとっ……シてっ……」

上擦った声で求めれば、彼が小さく喉を鳴らすのが聞こえた。

応えるように強く抱きしめられるのと同時に、また何度も腰が打ち付けられる。

肌がぶつかる音と漏れる嬌声が何度も響いて、脳天まで彼でいっぱいになる。

濡れた音が繋ぐ結合部がじんじんと熟れ、奥にある気持ちのいい部分を何度も擦り上げられれば、欲を高められた管理人が腰を震わせた。

そして体を貫く性器をきつく締め付け、体内に熱が放たれると共に、管理人も自らの性器から熱を吐き出した。






あれから何度体を重ねたかはわからないが、少なくともまともに動ける状態ではなかった。

管理人は力の入らない体をベッドに投げ出したまま、こちらを抱きしめたまま動こうとしないウルフガードを見つめた。

もう体力も空っぽになっている今、そして一応休息中の今、逃げようなんてことは考えてもいないのに、その腕の中から出してくれる様子はない。

「もう逃げたりしないよ」

「……」

そういっても、腕を離そうとしない。

そして抱きしめてくる腕と反対の手は、こちらの手をずっと握ったままだった。

もぞりと動いた気配がして、管理人は視線の先にあるウルフガードの胸元から、顔をあげた。

「またお前が俺の手を離そうとしても、今度は俺が離さない」

手の甲に柔らかい感触を感じた。

誓いにも似た口付けに、思わず口元が緩んでしまう。

「もう、離したりしないよ」

管理人は握られたままの手を引き寄せると、ウルフガードの手にそっと唇を落とした。

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