「お疲れ様でした、管理人。全てのバイタルチェックが完了しました」
先ほどまで微睡んでいた意識が、ペリカの声でゆっくりと浮上する。低い駆動音を立て、ポッド型のバイタルチェックシステムが停止した。ガラス張りの蓋が開くと、ポッドの内側に満ちていた空気が外へ逃げていく。 解放され外気に触れると、空気の密度の変化に一瞬だけ息苦しさを感じた。それでもすぐに肺いっぱいに入ってくる酸素を取り込み、管理人はゆっくりと目を開いた。
まだ眠気の残る体を動かし上半身を起こすと、ペリカが差し出してきた源石リミッターを受け取る。
「基本的なバイタルに問題はありません。呼吸機能、内臓機能すべてに異常は見られません。源石の影響もなく安定しています」
「そう、よかった…」
管理人は源石リミッターを装着しながら、ペリカの報告を聞く。視界が一度だけ淡く明滅し、すぐに補正される。検査中に調整をしておいてもらったおかげか、装着したリミッター越しの視界はいつもより澄んでいた。
連日の任務の中で戦闘の機会は避けられず、どうしても源石の力を使うことも避けては通れない。しかし、源石の力を多用すれば体に支障が出てしまう可能性がある。そのため、管理人は定期的にバイタルチェックをすることになっていた。
今回も特に問題はなく、管理人は小さく息を吐くと検査機から出た。
「…管理人、」
不意にペリカが管理人を呼んだ。
リミッター越しに視線を向けると、形のいい眉尻がわずかに下がっている。
「…基本データに異常はありません。ただ、大変…申し上げにくいのですが…」
不思議そうに首を傾げると、ペリカは言葉を選ぶように少し間を置いてから小さく口を開いた。
「限られた時間帯のみ、数値が極端に乱れる日があります。心拍数の急上昇、体温も一部の時間帯のみ上がって…その後、しばらくデータがない時間帯があります。このデータパターンについて…、何か心当たりはありませんか?」
ペリカが見せてきた端末画面には、バイタルの統計グラフが表示されている。平均値を綺麗に推移しているはずなのに、特定の時間帯だけが赤色で表示され、一定時間記録が残っていないところがある。
その時間帯には覚えがあった。というより、覚えがありすぎた。
「…管理人?」
心当たりしかなさすぎて、管理人は口を開くことができなかった。
脳裏に蘇る熱い逢瀬の記憶。
触れる手、重なる唇、交わる熱。
端末に示されているログがそれと重なるように見えた。
「…、…」
「以前、任務中に管理人が長時間リミッターを外していた際、バイタルに問題が出たことがありました。これについては、各オペレーターも把握している事実です」
何も言わない管理人にペリカは静かに、しかし明確に事実を伝えた。
「原因究明と体調管理について、少しお話を詰める必要があるかと。どちらにせよ、なるべくリミッターは外さないようお願いします」
管理人は帝江号の自室の椅子に座り、一人唸っていた。
今日は久々にウルフガードが長期任務から戻ってくる。
きっと、いや多分確実に、今日はベッドへと向かうことになる。
むしろそれを期待してしまっている自分がいる。
しかし、ペリカから伝えられたことを解決しない限り、素直に傾れこむことはできなさそうだ。
先ほどのペリカとのやり取りを思い出しながら、半顔を覆う源石リミッターに触れる。特殊素材で作られたリミッターは、まるで装着していないような軽さと、リミッター越しとは思えない視界の明瞭さがある。
そして、まだ万全ではない自分の体調を安定させるためには必要不可欠なアイテムだ。
通常であれば少々外したところで問題はない。
しかし過労や寝不足など、なんらかの影響があると、バイタルが普段以上に乱れてしまう。
しかもペリカに釘を打たれてしまった手前、簡単には外しづらい。
かといって、リミッターをつけたまま事に及ぶのも考え物だ。
できれば、また基準値を超えるようなデータが残ってしまうのは避けたい。
「管理人、少しいいか?」
ウルフガードが管理人室へと入ってきた。
長期任務明けのはずなのに、歩く姿に疲れはほとんど見えない。黒い耳がわずかに動き、その瞳がすぐにこちらを捉える。
ペリカから受けた説明は彼にも伝えなければならない。
歩み寄ってきたウルフガードは、端末を取り出すと慣れた様子で報告書の画面を見せた。
「今回のエネルギー高地での任務内容と報告だ。ボーンクラッシャーは以前より数を少なくしている。ただ、他のクランの残党たちと組んでいた形跡があった。今回はその残党狩りと…」
画面の文字を目で追っているはずなのに、内容が頭に入ってこない。
ペリカから受けた説明は彼にも伝えなければならない。
しかし、どうやって伝えればいいのか。
興奮したログを残すわけにはいかない、とか。
いやそれではあまりにも生々しすぎる。
触れ合うことは当分避けたい、とか。
そんなことをしたら、欲求不満で逆にバイタルが乱れそうだ。
管理人の意識は、どうやって説明するかばかりに行っていた。
「…以上だ。管理人?」
不意に呼ばれ、管理人は少し遅れて顔を上げた。思ったよりもすぐ近くにウルフガードの顔があり、管理人は思わず息を止めた。
「っ!」
「管理人、聞いているか?」
尋ねてくるウルフガードの声に我に返ると、驚きのあまり椅子の背凭れにこれでもかと言わんばかりに背中を預けて、思わず距離を取る。
あからさまな管理人の動きに小さく息を吐くと、デスクについていた手を離し、ウルフガードもゆっくりと体を起こした。
緋色が混ざった金色の瞳が、こちらを静かに見ている。
その整った顔立ちに、心臓が跳ねるのがわかった。
「上の空だな…何かあったのか?」
今の胸の高鳴りも、リミッターに記録されたのではないだろうか。
そう思いながら、なるべくログに残らないようにと願いながら、ゆっくりと呼吸を整える。
「いや、大丈夫…なんでもない」
明らかに上擦ってしまった声をウルフガードが聞き逃すはずもなく、獣耳が小さく動いた。
不意に伸びてきた自分よりも大きい手のひらがそっと額に触れる。
これ以上心臓が反応しないようにと少し身構えたものの、じっとこちらを静かに見つめたまま、しばらくそこへ触れているだけだった。
「バイタルチェックはしたんだろう?何か問題があったのか?」
熱を測るように置かれた手はそのままで、単純に体調を心配している声が耳に入った。
素直に心配してくれるその様子に、少しの罪悪感が生まれる。
「特に問題は、ないよ…本当に大丈夫」
管理人の言葉に、ウルフガードは様子を伺うように見つめたまま、何か思案するように目を細めた。
額に置かれていた手がそのまま頬を撫ぜ、グローブ越しの長い指先が管理人の顎を捕らえる。
ゆっくりとお互いの顔の距離が縮まり、管理人は一瞬目を閉じかけた。
しかし、リミッター越しの視界の隅で、小さく点滅する光りが見えた。
管理人は咄嗟に身を引くと、ウルフガードの口元を手で塞いだ。
「…ウルフガード、その…今は、したくない…」
「…、」
一瞬空気が止まり、ウルフガードの瞳が少しだけ丸くなった。しかしすぐに顔が離れ、顎に触れていた手が引かれる。何事もなかったかのように端末画面を操作し始め、データを送信したことを告げる電子音が鳴ると、ウルフガードは踵を返した。
「今の報告書は送っておいた。あとでもう一度中身を見ておいてくれ」
「あ、の…ウルフガードっ」
何か声をかけなければと管理人は慌てて椅子から立ち上がったが、ウルフガードは振り返ることもせず部屋から出ていった。
部屋に一人残されたままの管理人は、深くため息を吐いた。
ピピっとリミッターから電子音が鳴る。
そこには脈拍の上昇を示す表示があった。
今のは体調云々の話ではないのに。
外したリミッターを見つめながら、管理人は少しだけ眉を寄せた。
完全に言い方を間違えてしまった。
ウルフガードに要らぬ誤解を与えてしまったのは確実だろう。
追いかけたものの巡回に行ってしまったらしく、そこからいくつもの任務をはしごしていると聞いた。
あれから会えないまま、時間だけが過ぎていた。
『ウルフガード、任務が終わったら話したいことがある』
Bakerを通して連絡をしてみたものの、既読にはなっているが返信はない。
普段ならすぐに連絡をくれるのだが、いつまで経っても新しいメッセージが表示されることはなかった。
「管理人、大丈夫ですか?」
通知のない端末を、無意識に確認していたらしい。
隣を歩くペリカに声をかけられ、管理人はようやく自分が何度もメッセージを確認していたことに気づいた。
「え?あぁ…大丈夫だよ」
「…前回のバイタルチェックから三十日以上が経ちます。今日は帝江号に戻ったらチェックをしましょう」
「そうだね…お願いするよ」
ウルフガードに会えなくなってから、すでに一カ月が経っていた。
「管理人、バイタルチェックお疲れ様でした」
ポット型の検査機の蓋が開き、管理人は半身を起こした。
「基本的な数値に問題はありませんが…睡眠、食事などの基礎面での数値が下がっています。なにか心配事がありますか?」
管理人はすぐに思い当たる節があったが、口にはしなかった。
小さく首を横に振ると、ポッドから立ち上がる。
「大丈夫だよ、任務続きでちょっと疲れが出てるのかも…今日は早めに休むようにするよ」
アウターを羽織りリミッターを装着する。
ペリカは何か言いたげだったが、管理人は背中を向けると検査室を後にした。
帝江号の船内はそこまで広くない。
ブリッジで帝江号のデータチェックをした後、管理人は自室に向かうために中央ホールを歩いていた。
ホールの中央には上下に伸びる荷送システムが並び、細い光のラインに沿ってコンテナが階層を行き来している。
その周囲に設けられた休憩所では、オペレーターたちをはじめ、帝江号を支えるスタッフたちがまさに輸送システムを調整したり、整備に関しての打ち合わせをしたりしている。
行き行くスタッフやオペレーターたちの様子を見ながらも、その人混みの中で管理人は無意識にウルフガードの姿を探していた。
「わあ!この銃めっちゃいいじゃん!四号谷地の資材だけで、ここまで改造できるものなの?」
人混みの中で聞こえた高い声に視線を向ける。
そこには銃を片手に楽しそうに話をするイヴォンヌ。
と、ウルフガードの姿があった。
イヴォンヌの手には普段ウルフガードが使っている銃がある。
そういえばウルフガードは、使う武器は手に馴染むまで改造すると言っていた。
あの銃も、きっと細部まで調整されたものなのだろう。
イヴォンヌも銃を扱う。しかも彼女はエンジニアとしての実力も高く、どんなものでも自分用にカスタムすることを好む。
お互い使っている武器も一緒で、愛用する物に対する考え方も近いなら、話が合わないわけがない。
それに、普段あまり交流というものをしないウルフガードが、他のオペレーターと交流しているのは、とてもいいことだ。
いいことなのだが。
一言くらいメッセージの返信をくれてもいいのではないか。
もちろん、メッセージが返ってこないきっかけを作ってしまったのは自分なのだが。
今は思っている以上に胸の奥がささくれだっているらしい。
みっともない嫉妬だと明確に自覚するほど、呼吸がしづらくなっていく。
管理人は連絡カウンターに向かいメモを残すと、連絡用端末を操作してから自室に向かった。
しばらくして、ウルフガードが管理人室にきた。
連絡用端末からBakerに届いた呼び出しと、カウンターにあったメモの両方を辿ってきちんと部屋にきたようだ。
こんな回りくどい呼び出し方にも、彼はまだ応じてくれる。
背後で足音が止まると、管理人はゆっくりと振り返った。
「…ウルフガード、前に送ったメッセージは読んでくれたかな?」
「あぁ、読んだ」
こちらからの問いは予測済みだったのだろう。
返ってきたのは、短い返事だった。
ならどうしてすぐに連絡をくれなかったのか、なんて言えるわけがない。
すべては自分が招いたことだ。
管理人は言葉を探し、少しだけ視線を落とした。
「…連絡、なかったから…心配してたんだ」
「送るタイミングがなかっただけだ」
「っ…、イヴォンヌと話す時間はあったのに?」
口にした瞬間、自分の声が思った以上に尖っていたことに気づく。
思わず出てしまった本音に自分でも驚くと、管理人は顔を逸らした。
これではまるで、自分を棚に上げてウルフガードを責めているようではないか。
こんなことを言いたかったわけではないのに。
ウルフガードは一度瞬きをし、静かに息をついてから口を開いた。
「任務のあとは武器の調整をしていた。さっきたまたま会って、銃の話をしていただけだ」
「そう…僕とは、メッセージでさえも話してくれなかったのに?」
「…先に拒んだのはお前だろ」
ウルフガードの言うことは最もだ。
意図していたわけではないが、ウルフガードを拒んだ形になってしまった。
当たり前のことを指摘され、管理人は眉間に皺を寄せると再度ウルフガードに視線を向けた。
「拒んだわけじゃない、”今は”って言った」
「それだけじゃわからない。説明しないと、何も伝わらないだろう」
「それは君も同じじゃない?説明しないと伝わらない。言いたいことがあれば言えばいい」
管理人が腕を組むと、ウルフガードも同じように腕を組み距離を詰めてきた。
端正な顔は冷めた表情を浮かべている。
整っているからこそ高圧的にも見えるその瞳が、少し高い位置から管理人を見下ろした。
普段は優しさの滲む温かい色の瞳が、今日はやけに冷たい色に見えて、ずきりと胸が痛む。
「言いたいこと?じゃあ…なぜ俺を拒んだ」
静かに燻る感情を背後に含んだ声は、普段よりも低い。
責めるでも怒るでもない様子に、管理人はうまく出てこない言葉を吐きだそうと口を開いた。
「違う、拒んでない!それを説明したくて”話したい”ってメッセージを送ったんじゃないかっ」
溢れ出た声は思ったよりも大きかった。
しかしウルフガードは動じる様子もなく、ただこちらを見下ろしている。
これではただの売り言葉に買い言葉だ。
喧嘩をしたいわけではない。
管理人は小さくため息をつくと、組んでいた腕を解いて肩を落とした。
「すまない…君を拒んだわけじゃないんだ。あのときは、僕の言い方が悪かった」
管理人はゆっくりと息を吐くと、意を決してウルフガードを見上げると静かに口を開いた。
「実は、リミッターに…その…君と、触れあってるときのバイタルログが残っていたんだ。説明しようにも、恥ずかしいし…どうやって説明したらいいかわからなくて…」
管理人はペリカから言われたバイタルデータについて、ウルフガードに説明した。
一定時間のみバイタルが乱れていると説明されたこと。
それについて改善を求められていること。
管理人の言葉を聞き、ウルフガードは組んでいた腕を緩めると、片手を自らの口元に添えながら小さく息を吐いた。
「なるほどな…それを含めての"したくない"だったわけか」
納得したように言うウルフガードの言葉に、居たたまれなくなった管理人は視線を落とした。
「それにしたって、突然拒まれたら…俺だって気にする」
「それは、説明する前に…君がキスしようとするから」
「まぁ…突然しようとしたのは悪かった。これでお互い様だ」
ようやくお互いの空気から棘が抜けていく気がした。
伸びてきた手がそっと管理人の髪を撫でる。
その優しい手つきに顔をあげると、そこにはいつものように愛し気に管理人を見つめる柔らかい眼差しがあった。
心にできていた細かな傷が、その手と視線から伝わる温度で癒されていく。
「で、理由はわかったとして…管理人、実際そのリミッターはどれくらい外していたらダメなんだ?」
「わからないけど…その時の体のバランスとかの問題だと思うんだ」
自らの体のことながら、未だに把握できていないことが多い。
体調が明らかに乱れたのは、ペリカが言っていた過去の任務の時だけだ。
だからといって、別の日にリミッターを長時間外していたときは、別段体調に変化が出たわけでもない。
管理人は思い当たる節を探してみたが、断定できるような理由は思いつかなかった。
「なら、大事を取ってやはり付けておくしかないだろう。どこまでのログが記録されてるんだ?ペリカ監察官に、直接的なことは何か言われたのか?」
直接的なこと、と敢えて言ってくるあたり、ウルフガードもペリカに関係性を勘づかれていることは予測しているのだろう。
再度ペリカとのやり取りを思い出しながら、管理人は首を横に振った。
「いや、それは言われてないけど…結構全身のデータは残っているみたい…」
「そうか…なら、あとでペリカ監察官に確認しておくか」
「確認?」
「俺といるときの数値が、本当に危険なのか。危険でないなら、そう判断させるだけの記録を何度も残せばいい」
ウルフガードの提案に納得しそうになったものの、管理人はハッとしたように顔を上げた。
「それって…またログを残すってこと?」
「そうだ」
「でも、僕たちがいつ会ってるかも、ペリカや…もしかしたら医療班にもバレちゃうわけで…」
「過去のログを見られてるなら今更だろ」
「そうだけどっ」
「それとも、」
突然の低い声音と共に、ウルフガードの腕が管理人の腰に回る。
少しだけ強く引き寄せられ距離が縮まれば、吐息同士が触れる近さにウルフガードの顔があった。
「もう二度と、こういうことはしないようにするか?」
「っ、…」
「俺はお前が嫌がるなら、触れない」
期待した体が勝手に熱を上げる。
あと少し顔を近づけたら唇が触れる位置にいるのに、こちらの胸の奥底を探るような視線に止められて近づけない。
「…唇を重ねることも、体を重ねることも…全部、管理人は本当にやめられるのか?」
無理に決まっている。
会えないだけでひどく心がささくれ立ち、子供じみた嫉妬に胸を焦がし、恥ずかしいくらい感情をぶつけてしまう。
リミッターがないことよりも、ウルフガードが傍にいないことの方が、自分を不安定にさせる。
二人だけの時間が記録されるのはもちろん嫌だ。
しかし、こんなにも近くにいるのに触れ合えないのは、もっと嫌だった。
「っ、…むり、だ…」
無意識にウルフガードの腕を掴みながら、聞こえるか聞こえないかのか細い声で、管理人は小さく答えた。
満足そうに口元に小さく笑みを浮かべると、ウルフガードは管理人の唇に自分のそれを重ねた。
求めていた熱が体中を迸る感覚に、管理人は背中を仰け反らせた。
リミッター越しの視界の端で、ピピっと点滅する光が見えた気がした。
先ほどから酸欠のせいで視界がチカチカしているので、それが心拍数の上昇を伝える光に見えたのかもしれない。
もうとっくに体力もなく全身の気だるさを感じていて、普段ならここで行為は終わり。
しかし今日は何度体の奥底に熱を受けても、満足できない。
そのせいか、打ち込まれたままのウルフガードの熱を包む粘膜は貪欲さを見せ、締め付けを緩めないでいた。
「んっ…まだ、…」
「っ、ダメだ…無理はするな」
体力がもう残っていないということはウルフガードにも伝わっているようで、無意識に絡みついていた内壁を他所に、熱い楔が抜かれていく。
粘膜を擦りながら抜け出ていくその刺激に、思わず体を捩る。
熱い吐息が漏れてしまうと、それに呼応したようにウルフガードの表情に熱が戻った気がしたが、額の汗を拭う腕がその様子を隠してしまった。
「…あれだけログのことを気にしていたくせに、普段よりも求めてくるんだな」
「ログを残せばいいって言ったのは、君じゃないか…」
先ほどのウルフガードの言葉を言い訳にしながら、管理人は深呼吸と共に薄い胸板を上下させた。
しかしどれだけ深呼吸をしても、体の熱は収まらない。
どうせログが残ると半ば開き直ったせいか、内なる欲が解放された自分はどこまでも欲深いらしい。
しかし、肝心のウルフガードはいつも通りこちらを労わっているのか、行為を終わりにしようとしている。
それが彼なりの優しさであり、先ほどまで問題になっていたログの件もあるとはわかっていた。
しかし欲に溺れている今、これだけで終わってしまうのは耐えられない。
管理人は体を起こし、ウルフガードの逞しい腕を掴むとそのままベッドに押し倒した。
「っ、管理人…?」
突然の行動に目を丸くする彼の姿を見下ろしながら、管理人は普段とは違う光景に体の熱が高まるのを覚えた。
逞しい体の上に跨ると、いつも見上げている端正な顔を見下ろす。
古い傷跡とアーツの跡が刻まれた厚い胸板を指先で撫でれば、明らかにウルフガードが熱の籠もった息を吐いた。
敏感に反応する様子は、まるで自分が彼を支配しているような気にさえなる。
管理人は付けたままになっているリミッターを外すと、ベッドの下に落ちている服の上に投げ捨てた。
「管理人、…」
「やっぱり、リミッター越しじゃなくて…直接見たいんだ、君のこと…」
薄氷のような水色の奥に銀色を灯らせた管理人の瞳は、明らかに欲に濡れている。
その瞳で真っすぐに見下ろせば、秘めた温度の高さに飲まれないようウルフガードは少しだけ視線を逸らした。
「何かあったら、どうする…」
せめてもの理性を見せるように静かに尋ねてきたが、リミッターを外した全顔を晒すと、彼の体温も上がることを知っている。
現に熱の戻ってきた彼の熱い楔は、跨る管理人の臀部に押し当てられていた。
管理人は口元を緩めると、ウルフガードの顔の横に片手をつき、もう片方の手でそっと唇を撫でた。
「その時は、君が助けてくれるよね…?」
有無を言わさない圧に、ウルフガードが息を呑む。
管理人は腰を上げると、硬さを増したウルフガードの熱を自らの熟れた蕾にあてがい、目を細めた。
「お遊びは、ここまで…、っ!」
ぐちゅっと音を立ててそのまま熱を胎内に迎えれば、その熱さが全身を駆け巡る。
先ほどまで繋がっていたはずなのに、新しい喜びにも似た感情が一緒にせり上がってきて、脳天まで劈くようだった。
管理人は甘い嬌声を漏らしながら根元まで熱を呑み込むと、下にある鍛えられた腹筋に手をつき、緩く腰を揺らしながら甘い喘ぎ声を上げた。
「ぁっ、…キャトロっ…んんっ…」
「管理人っ…」
明らかにウルフガードの声が上擦って、呼吸が荒くなっている。緋色を孕んだ金色の瞳が細まり、優しさの裏に隠された彼の欲の奥底が見えそうな気がして、無意識に腰の動きが増した。
ゆっくりと抜いたかと思えば、勢いよくまた呑み込み、自分で動いているくせにその反動で背中が仰け反る。
その動きに呼応してか、もう出るものもないはずの管理人の中心はすっかり勃ちあがり、先端からとろとろと先走りを溢れさせながら、ウルフガードの前で震えていた。
「はぁっ、キャトロっ…気持ちいいっ…?」
「っ、」
ウルフガードは答えなかった。
その代わり欲のまま動かしている細腰を掴まれ、一度腰を持ち上げられたと思えばいっそう奥まで入り込むように下から突かれる。
突然の刺激に翻弄され、管理人は歪む視界に驚いて息を詰めた。
「〜っ、キャ、トロっ…!?」
「お遊びはここまで、なんだろう?管理人…」
甘さを含みながらも低く囁く声が耳に入り、体がその先の刺激を期待しているのか、打ち込まれた楔に絡みつく内襞が無意識に収縮した。
それに応えるように、ウルフガードは再度管理人の腰を掴み上下させると共に、下から抉るように何度も突き上げる。
自ら動いている時とは違い、まるで胎内をすべて貪るような獰猛な動きに、快楽が頭のてっぺんまで打ち込まれる。
先ほどまで感じていたはずの支配欲がどんどん薄れ、いつの間にか従順に体を預けるだけになった管理人は、支えられなくなった体をウルフガードへと預けた。
「あっ、ぁっ…んっ…むり、きゃとろっ…!」
「っ…煽ったわりに、諦めるのが早いんじゃないか…?」
ウルフガードの両手は管理人の双丘を割り開き、奥へ奥へと侵入したい願望をぶつけるように、きつく締め付ける蕾を拡げながら猛々しい雄で容赦なく胎内をかき回した。
深く内臓まで抉られる感覚に管理人は首を横に振り、止められない喘ぎ声を響かせることしかできない。
ぐちゅりと濡れた音と肌が交わる音にも煽られ、割れた腹筋で擦られる中心に更に熱が集まっていく。
「やっ、きゃとろっ…なに、かっ…ぁっ、くるっ…!」
「管理人っ…」
いつものように下腹部をせり上がってくるだけの快楽ではない。
それは全身の神経をすべて這い回るような何かで、管理人は感じたこともないような感覚に怯えながら、目の前にいる逞しい体にしがみ付いた。
朦朧とする意識の中で、こんな状況に似つかわしくないほどの優しく熱い手に抱きしめられ、昂りすぎた感情があられもなく引きずり出されていく。
鮮明に体に刻まれるほどの突き上げに、管理人は甘い嬌声をあげながら大きく体を震わせ、同時に胎内にいるウルフガードの昂りも、管理人の最奥に欲を放った。
「…管理人、バイタルチェックお疲れさまでした」
ポッド型のバイタルチェックシステムが開き、ゆっくりと半身を起こす。
いつもはペリカのみだが、今回はウルフガードも一緒にいた。
ゆっくりと深呼吸をしてからポッドから出る。
外界の酸素濃度に慣れてから、調整してもらった源石リミッターを手に取り、目元に装着した。
今回も視界は良好だ。
そしていつもよりも冷たい声音を発していたペリカへと視線を向けた。
「…管理人、以前言っていた不明ログに関して、原因究明と体調管理が必要とお伝えしましたが、ウルフガードからその必要はないと申告がありました。これについて、あなたの意見をお聞かせ願えますか?」
笑顔で告げるペリカの声と共に、部屋の空気が冷えていくのがわかる。
管理人はウルフガードの様子を盗み見てから、再度ペリカへと視線を戻した。
「その通り、だよ。一定の不明ログについては、僕の方で管理をする。体調に問題は出さないと約束するよ」
「監察官として、その指示は納得し難いのですが」
「以前体調を崩したときみたいに、長時間リミッターを外すわけじゃないんだ」
「外す外さないの問題ではありません。数値がこれだけ乱れていることに問題があります」
頑としてペリカは姿勢を崩さない。
困ったように眉を下げた管理人の横で、ウルフガードが一歩前に出た。
「問題があるログの時間帯とその後の空白時間は、俺が必ず一緒にいる時間帯だ。何かあれば、その時は俺が対処する」
助け船のつもりで割って入ったウルフガードの言葉に、ペリカはいつの間に寒冷付着を覚えたのか、ひどく冷たい瞳のまま笑みを深めた。
「そもそも、あなたのせいでこのようなバイタルの乱れが発生しているのではないですか?」
冷ややかな声音に、ウルフガードの尻尾の毛が思わず逆立つ。
ペリカは端末に示されたグラフを指さしながら、大きく息を吸い込んでから口を開いた。
「だいたい、この日のバイタルの乱れはなんですか?以前よりも数値が異常値に近くなっています。しかも、リミッターを外している時間も長いですし、こんな数値が続けば管理人の体にも負担が…」
「大丈夫だよ、ペリカ。彼が一緒にいるときに、僕の体調が不安定になったことはない。むしろ体調が一番安定…してると思う。それに、僕自身のことは僕が一番よくわかってる。迷惑はかけないよ、信じて」
胸元に手を置き真っすぐに訴えてくる管理人の様子に、それまで珍しく勢いに任せて言葉を発していたペリカが息をつめた。
吐き出せなかった感情の矛先に迷って形のいい眉を寄せれば、そのままウルフガードに視線が向く。
綺麗な薄花色の瞳が鋭く細まった。
「…管理人に何かあったら、あなたの責任です、ウルフガード」
「あぁ、…わかっている」
ペリカの静かな怒気にも負けず、ウルフガードは強く頷いた。
二人に再度視線を送ると、ペリカは諦めたように息を吐いてから、他のバイタルデータについて話を始めた。
「ウルフガード、一つ聞いてもいいかな?」
無事に検査室を出た管理人は、隣を歩くウルフガードに視線を向けながら、小さく声をかけた。
「なんだ?」
不思議そうにこちらを見てくるウルフガードから逃げるように、管理人は顔を背けてから小さく口を開いた。
「その…唇を重ねることも、体を重ねることも…全部やめられるのかって聞いたよね?そのとき、僕がやめられるって言ったら…触れないつもりだったの?」
「…そんなこと、無理に決まってる。お前に触れないなんて、どう考えても拷問だ。無理矢理にでも…触れていたかもしれない」
ウルフガードは少し間をおいてから、素直に答えた。
どうやら気持ちは同じだったらしい。
管理人は安心したように小さく息を吐いた。
自分だけが彼を求めているわけじゃない。
それを聞けただけで、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「それに、管理人には無理だとわかっていたから聞いたんだ」
「なんでそう思うの?」
お見通しとばかりに言うウルフガードの言葉に納得できず、管理人は眉間に皺を作った。
不意にウルフガードが足をとめ、管理人に体を向ける。倣うように足を止めて向き合うと、その黒いグローブの爪先がリミッターをこつりと軽く叩いた。
「ここに、俺のことが好きで触れていたいって、いつも表示されてるからな」
「っ!?」
管理人は慌ててリミッターを外すと、その外装を確認した。
しかし設計上、文字が表示されるようなところはどこにもない。
ウルフガードは小さく笑うのを堪えるように背中を向けると、先に歩き出してしまった。
「冗談だ」
「っ…キャトロ!」
装着し直したリミッターからは、もう電子音はしなくなっていた。