寝室の照明を落とす。
ここは帝江号、管理人室。
奥にある寝室は、間接照明とベッドのみの簡素な作りだ。大きな窓からは、広大な宇宙が間近に見える。手を伸ばせば掴めそうな星を、眠れないときにはよく数えていた。
自分のこと、エンドフィールドのこと、宇宙のこと、世界のこと。
記憶がない自分には、輪郭が見えないくらい壮大な話だ。
どこかで繰り広げられている物語のようで、しかし当事者であるが故に突き付けられる現実。
その境目がわからなくなって、休まらない日々。
けれど、最近は星を数えることも少なくなったなと思いながら、浅くなる眠りに引っ張られて意識が浮上する。薄く目を開けると、目の前には満天の星々が煌めく広大な宇宙。と、手触りのいい獣毛。
そう。最近はこのぬくもりのおかげで、休める時間が増えた。
「…眠れない?」
視線を向けた先。広い宇宙と自分との間に、ひとつの影があった。
最近添い寝担当になったウルフガードは、枕元に座ったまま窓の外を見つめていた。その整った横顔が綺麗なのにどこか遠い存在に見えて、管理人は小さく声をかけた。
暗闇の中、こちらに視線が向く。
普段は鋭く光る緋色の瞳が、今はやわらかな熱を宿していた。
「悪い…起こしたか?」
「いや…目が覚めただけだよ」
首を横に振ると、彼は静かに隣へ横になる。
逞しい腕にしっかり収まると、こちらからも腕を回した。あやすようにとんとんと背中を撫でてやれば、喉の奥で小さな笑い声がこぼれる。
「…子供扱いか?」
「ううん…君が安心できるようにと思って」
ゆっくりと広い背中を撫でる。
互いにインナーだけのラフな格好のせいで、布越しの距離はほとんどなく、触れるたびに体温がじかに移ってくるようだった。大人同士がこんなふうに身を寄せ合うのは、少し可笑しいのかもしれない。けれど、こうして触れていないと、彼がまた一人でどこか遠くまで行ってしまいそうだった。
「….これじゃ、どっちが添い寝されているかわからないな」
笑いを含んだ声とともに、ウルフガードが少しだけ身を離す。
暗闇の中でも鮮やかな緋色の瞳がまっすぐこちらを捉え、視線が絡んだだけで胸の奥がわずかに熱を持つ。つられるように笑うと、大きな手が頬に触れた。
「…少しだけ、考え事をしていた」
指の腹で頬を撫でてくる手をそのままに、そっと紡がれていく言葉を聴く。
「狼群のこと、エンドフィールドのこと、それから…管理人のこと」
自分のことを言われて、思わず瞬きをする。
暗闇の中で、緋色の瞳がわずかに細められた。
「…管理人。相棒になってくれたこと、感謝してる」
普段は冷静で、あまり感情を表に出さない彼が、こんな風に言葉にする。
それだけで、その一言にどれだけの思いが詰まっているのかがわかった。
背中を撫でていた手を頬へと移動させ、真似するように今度は自分が優しく彼の頬へと触れる。
「一人には慣れてる。この先も、ずっとそうだと思ってた。それに…誰かの体温を知るのは、弱さになると思ってた」
かつて彼の傍にいた仲間たちはもういない。
幼い頃から時間を共にした同胞を失ったことは、今もなお、彼の奥深くに沈んだまま形を変えず残っている。
失うことの重さを知っているからこそ、彼は誰かを近くに置くことにいつも慎重なのだ。
距離が近づけば、失う痛みもまた近くなる。
それはきっと臆病さではなく、彼なりの優しさだ。
「……でも違った。管理人と相棒になれて、よかった」
ゆっくりと彼の腕が背中へ回り、いつもより強く抱き寄せられる。
「誰かの体温は、人を弱くするだけじゃない。強くもする。
一人なら切り捨てるしかなかった道にも、別の道があるって知った」
心の奥に幾重にも巻きついた鎖を、二人きりのときだけ少し緩めてくれる。
その痛みのすべてを理解することはできなくても、閉ざされた内側に触れることくらいは、許されている気がした。
彼の悲しみのすべてを理解してあげることはできない。
けれど、その欠片を一緒に抱えることなら、できるかもしれない。
「こちらこそ、隣にいてくれて…こうして話してくれてありがとう、キャトロ」
多くを語らない彼からの言葉を聞けるのは、素直に嬉しい。
自分が彼のそばで休めるように、彼もまた、自分のそばで少しでも休めるなら。
「今日は僕が添い寝係りになるよ」
「この際、どっちも添い寝係りってことでいいだろう」
小さく笑い合ってから、一緒に目を閉じる。
窓の外には、変わらず無数の星が瞬いている。
不安も、傷も、簡単には消えない。明日になればまた別の現実が待っている。
それでも一人で眠る夜よりも、抱き合う夜を過ごせれば。
互いの不安ごと抱え込むように、二人は一緒に目を閉じた。