Arknights:Endfield

ふたりだけの罪標記録

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 エネルギー高地の中央付近。

 高地大通りを抜けた先には、長らくボーンクラッシャーが拠点としていた場所がある。

 破壊された建物は鉄筋が剥き出しになり、工業団から奪ったであろうトラックは、錆びて動かなくなっているものが何台も乗り捨てられている。

破れたフェンスを潜り、湿り気のある空気を纏った薄暗い道を辿っていくと、管理人は足を止めた。

「この辺かな」

 フィオナから連絡が来ていた座標を確認すると、辺りを確認するように見回す。

 ここ最近、避難所の警備端末からの通知が止まない。警備装置の配置を変えても、巡回ルートをずらしても、襲撃は止まらなかった。どの位置に配備しても、攻撃の道筋を先回りしてくる。まるでこちらの手の内を最初から知っているかのように。

 避難民たちの様子。ボーンクラッシャーが出現する時間帯。壊された警備装置の位置。

 それらを照らし合わせた結果、管理人たちは避難所にいる一人の男へと行きついた。

 避難所の安全を確保しない限り、この地区の安全が確保できたとは言えない。今はオペレーターを交代で配備して事なきを得ているが、他地域での任務もある以上、ここだけに戦力を浪費し続けるわけにはいかない。

 しかも、相手は避難民だ。手荒な真似はできない。

 今回の任務は戦闘ではなく、あくまで話し合いによる解決を目的としている。実際にボーンクラッシャーと接触している現場を押さえ、説得し、身柄を保護する。

 万が一にも事を荒立てれば、避難民たちに余計な不安を与えることになるため、最少人数で動く必要がある。そのため、説得役に管理人自らが手を上げ、護衛役はウルフガードという組み合わせでの任務となった。

「…誰か来る」

 ウルフガードの頭上にある獣耳が、小さく動いた。

遠くから足音が聞こえてくる。管理人とウルフガードは、近くにあった積荷の後ろに隠れると、静かに様子を伺った。

 少しすると、男が一人現れた。薄汚れた作業着に身を包み、警戒するように辺りを見回してから立ち止まった。

 それから今度は複数の足音が聞こえ、ボーンクラッシャーが現れ、男は怯えたように肩を震わせながら、それでも彼らに何かを話し始めた。

「ウルフガード、準備はいい?」

「あぁ、いつでもいける」

管理人はゆっくりと深呼吸をしながら男の様子を見つめた。

男が懐から、雑に四つ折りにされた紙を何枚か取り出し、ボーンクラッシャーに手渡す。

その瞬間、管理人とウルフガードが積荷の影から飛び出した。

「ひ、ひえああ!」

突然のことに男から悲鳴が上がる。

同時に、ボーンクラッシャーたちが咆哮をあげながら管理人たちに襲い掛かってきた。

「迎撃するよ!」

管理人の合図に合わせ、 ウルフガードの銃が火を放つ。

銃声が湿った空気を裂き、その背後から管理人が駆け出した。

迫ってきたボーンクラッシャーの懐へ踏み込み、重い一撃を叩き込む。

「獲物は全部、仕留める!」

ウルフガードの声が響いた。

「お遊びは、ここまで!」

続いて、管理人が最後の一体へ追撃を入れる。

最後のボーンクラッシャーが倒れる音が響いた。

残された男は尻餅をついたまま、必死に後退りしていた。

顔は青ざめ、唇が震えている。

「大丈夫だよ。僕たちは、あなたを迎えに来た」

怯えたようにこちらを見上げてくる男の様子に、管理人は努めて柔らかい声音でそう言った。

しかし、不意に男の手が腰へ伸び、隠していた鞘から、短刀が抜かれる。

それにすぐ気づいたウルフガードが管理人の腕を引き、自分の後ろへ下げると、次の瞬間には男の頭へ銃口が向けられていた。

ひいっと上擦った声をあげた男は、取り出した短刀をどうすることもできず、その震える手に持ったまま、恐怖に満ちた瞳でウルフガードを見上げた。

「ボーンクラッシャーに渡していたものはなんだ」

「い、命だけはっ…!」

「返答次第だな。何を渡していた」

静かに尋ねるウルフガードの言葉に、男は一瞬押し黙ったが、やっとのことで震える唇を開いた。

「ひ、避難所の、食料の量と、警備機器の数だ…!定期的に情報を売れば、金が手に入る!世の中、金なんだよ!」

自棄になったのか、男は追い詰められたように、半ば叫んだ。

ウルフガードは小さくため息をつくと、ゆっくりと引き金に手をかけた。

銃にアーツが充填されていくのを示すように、鈍い赤色を纏った装甲の継ぎ目に沿って、金色の光が細く走っていく。

「命と金…どちらが大事か試してみるか?」

ウルフガードからの質問に、男は持っていたナイフをその場に落とすと必死に後ずさった。

後ろ手で地面を引っかきながら逃げていくが、ウルフガードは銃口を向けたまま距離を詰めた。

「ウルフガード、それ以上は」

管理人が声をかけようとした瞬間、男は着ていたジャケットを開いた。

裏地には、爆薬のようなものがいくつも括りつけられている。

その光景に、ウルフガードは思わず距離を取るように体を引いた。

「っ、こいつ…!」

男は泣き笑いのように顔を歪め、震える手でポケットを探る。

「もう終わりなんだよ!取引のことがバレたら、避難所にも戻れねえ…ボーンクラッシャーにも殺されるんだ!あいつも死んじまう!どうせ死ぬなら、全部巻き込んでやる!」

男が取り出したのは、マッチだった。

ぼろぼろと箱の中から零れ落ちたマッチ棒が、地面に散乱する。

もしこの男が持っている火薬の量が爆発してしまったら、いくらなんでも逃げる時間がない。

「ウルフガード!!」

思わず手を伸ばす。

すると言い終えるより早く、黒褐色の光が男の足元から噴き上がり、轟音と共に男の体が宙に浮く。

巻き起こった風圧に、ウルフガードは顔を背けた。

砂埃が舞い上がり、視界が一瞬白く濁る。

やがて巻き上がった砂ぼこりの先が見え、管理人とウルフガードは同時に息を止めた。

黒褐色に金色が混ざる美しい鉱石は、いくつも地面から突出し、磨かれた矢のように鋭く男の体を串刺しにしていた。

源石は男から溢れた血で、鈍い赤色を帯びていく。

伝う血に沿うように、やがて鉱石は端からばらばらと砕け、破片は血液と混じり合い、地面へ流れ落ちた。

支えを失った男の体が、鈍い音を立てて地面に叩きつけられる。

血だまりに横たわった体はぴくりとも動かない。

その光景に、ウルフガードは一度息を呑むと、ゆっくりと男に近づいた。

遺体の横に腰を下ろし、首元に手を添えて脈を確認する。

小さく息を吐いてから立ち上がると、ウルフガードは管理人の方へと歩み寄った。

「…死んでる」

「……、……っ」

管理人は思わず後ずさった。

生温い湿った空気が漂う場所のはずなのに、一気に背筋が冷えていく。

自分は、男を止めようとしただけだ。

でなければ、自分たちもここで死んでいたかもしれない。

管理人はゆっくりと視線を落とすと、自分の両手を見た。

震える手には現実を思い知らせるように、暴発した源石で裂かれた傷がいくつもあった。

「…、…僕、は…」

「管理人」

言いかけた言葉を止めるように、ウルフガードが傷だらけの管理人の手を掴んだ。

不意に顔を上げると、緋色が混じる金色の瞳に捉えられた。

「こいつは俺が殺した。いいな?」

突然のウルフガードの言葉に、管理人は一瞬理解が追い付かず、何も言い返せなかった。

彼は何を言っているのだろうか。

殺してしまったのは自分なのに、その事実を捻じ曲げようというのか。

管理人は慌てたようにウルフガードの腕を掴むと、何度も首を横に振った。

「だめだ、そんなこと…!」

「これはエンドフィールドと四号谷地全体の問題になる。円滑な関係を壊さないためには、こうするしかない」

「それでも、僕が招いたことだ…責任は僕が、」

「管理人」

低い声に呼ばれ、管理人は言葉を止めた。

真っすぐに見つめてくるその瞳に、普段の優しさはどこにもない。

「責任を取るって、どうする気だ?」

些か怒気を含んだ声音で尋ねられ、管理人は息を詰めた。

確かに、どういう風に責任を取るつもりなのだろうか。

任務に出ない。

源石の力を使わない。

エンドフィールドを辞める。

いくつもの可能性が頭をよぎった。

だが、どの選択肢を選んでも、それ以外のどんなことをしたって、殺してしまった男は戻ってこない。

「責任の取り方を考えている時間なんて無駄だ。先に戻っていろ」

ウルフガードは管理人の手から逃れ、男の亡骸へ歩み寄った。

「っ…君は、どうするの…?」

「俺はこいつの処理をしてから戻る」

ウルフガードはもう一度脈を測ってみたが、やはり脈はなかった。

「このまま放置すれば、ボーンクラッシャーにいいように使われるだろ。避難所に遺体を持って行って、脅しの道具に使うかもしれない」

ウルフガードが男の上着を探る。

ポケットには、赤黒く変色した手帳が入っていた。

「これ以上、死人を出すわけにはいかないだろ」

黒いグローブの指先が血に濡れて、鈍い色になる。

その様子を見つめながら、管理人はゆっくりとウルフガードに歩み寄った。

「…僕も行くよ」

努めて静かに告げる。

ウルフガードは管理人に視線を向け、小さく頷いた。

避難所に戻るや否や、ウルフガードはペリカの元へと一人向かってしまった。絶対についてくるなと何度も念を押され、管理人は避難所に入ったところで足を止めたままだった。

どんな顔をして、この避難所にいたらいいのかわからない。

避難所では、現在も警備機器を調整するために、作業を続ける作業員たちがいた。

少ない物資でやりくりしているせいか、あまり進んでいる様子はない。

本来なら、手伝うべきなのだろう。

けれど管理人は、自分が安易に手を差し伸べていいのか分からなかった。

再び、自分の両手に視線を落とす。

傷は、すっかり塞がっていた。

源石で裂けたはずの皮膚は、もう何事もなかったように戻っている。

いくら犯人だったとはいえ、避難民の一人を殺した事実は、もう手のひらには残っていない。

いっそ深い傷でも残ってくれたらよかった。

もし、このままウルフガードが処分になってしまったら。

もし、エンドフィールドを去ることになってしまったら。

もし、また人を殺してしまうことがあったら。

「あ、あの…」

不意に声をかけられ、管理人は弾かれたように顔を上げた。

目の前に立っていた女性も、管理人の反応につられたのか、驚いたように肩を揺らす。

「お、驚かせてしまってすいません…」

女性はすまなそうに軽く頭を下げてから、恐る恐る口を開いた。

「あの…あなたが、エンドフィールドの管理人さん、ですよね…?」

「そう、だけど…」

「フェンスイの調査に、行ってくださっていたんですよね…?」

その名を聞いた瞬間、背筋が冷えた。

今回調査していた男の名前だ。

そして、管理人が殺してしまった男の名前。

「えっと、その…」

「…知ってます。あの人、ランドブレーカーと繋がっていたんですよね…?」

女性の言葉に、管理人は驚いたように少しだけ肩を動かした。

目元に涙を溜めながら、女性は震える手を胸元で握ると俯いた。

「私、持病があるんです。でも、薬が高くて…彼は、その薬代を稼いでくれていたんです…」

彼女は目元に涙を貯めながら、深く頭を下げた。

「本当に、ごめんなさい…私が、彼をちゃんと止められていたら…私にも、この避難所を危険に晒した罪があります…」

突然告げられた男の目的に、任務中の光景が脳裏へ蘇る。

『取引のことがバレたら、避難所にも戻れねえ…ボーンクラッシャーにも殺されるんだ!あいつも死んじまう!どうせ死ぬなら、全部巻き込んでやる!』

その言葉の意味が、今やっとわかった。

男には守ろうとしたものがあったのだ。

しかし、自爆を試みた真意はなんだったのだろうか。

罪滅ぼしだったのか、罪から逃げるためだったのか。

今となっては、もう分からない。

「彼と一緒に、どんな罰でも受けます…」

「そんな…」

「彼は、無事なんでしょうか…?」

そう聞かれて、管理人は押し黙った。

本当のことを言ってしまったら、今まさに報告に行っているウルフガードの顔を汚すことにもなる。

しかし、ウルフガードが殺したと言うこともできない。

本当のことを伝えるべきか、否か。

沈黙する管理人の様子に、女性は不安そうに首を傾げた。

「あ、の…実は…」

「これが調査結果だ」

不意に声がした隣を見れば、そこにはウルフガードが立っていた。

女性の前に、血に染まった手帳を差し出している。

革製の手帳は、元々品のいい茶色だったのだろう。

だが今は、血のせいでところどころがどす黒く変色していた。

女性は震える手でそれを受け取り、そして胸の中へ抱きしめるように持った。

「っ…そう、ですか…やはり、ボーンクラッシャーに…」

「多分な」

ウルフガードは短く答えた。

「俺たちが着いた時には、もう手遅れだった。まだボーンクラッシャーの気配があったから、こちらで弔わせてもらった」

「……弔ってくださって、ありがとうございました」

女性は手帳を抱きしめたまま、深く頭を下げる。

その姿に、ずきりと管理人の胸に何かが刺さったような痛みが走った。

本当は罵声を浴びせられなければいけない。

本当は殴られるくらいの仕打ちを受けなければいけないのに。

目の前のこの人は頭を下げ、ましてやありがとうございましたなんて、感謝まで伝えてきた。

何も言えない管理人は、自分の拳を握りしめた。

爪が食い込むほど強く握っても、そこに裂けるほどの傷は残らなかった。

「どうやってペリカに説明したの?」

避難所の隅に立ち、管理人はようやく口を開いた。

「相手は俺たちを巻き込んで自爆を計った。だから正当防衛として殺したと報告した」

「…そっか…ペリカは、なんて?」

ウルフガードは管理人を一瞥してから、また避難所へ視線を戻した。

壊された警備機器の周りでは、作業員たちが工具を手に動き回っている。

完全に避難所が元通りになったわけではないが、それでもかろうじて平穏と呼べる空気が戻り始めていた。

「…しばらく単独行動は禁止。それから詳細な報告書の作成と始末書の提出。それから、ペリカ監察官による特別訓練と講義」

「…そう」

正直、安堵してしまった。

処分によって、ウルフガードがエンドフィールドを去ることにはならなかった。

自分が殺したのに、ウルフガードがそれを背負い、それなのに、彼がここに残ることになってほっとしている。

その自分の身勝手さに、また胸が軋んだ。

「…管理人、お前にしかできない仕事があるように、俺もそうだ。今回みたいな案件は、俺の仕事だ」

ウルフガードの言葉は理解できる。

立場が違えば、仕事が違うのは当たり前のことだ。

その立場でしか、その人の能力でしか解決できないこともある。

しかし、頭では理解できても、心が納得できない。

「なら、僕は…それを見てるだけでいいってこと?」

「…今回だって、見ているだけじゃないだろ」

不満を隠せないまま見上げる管理人に対して、彼は相変わらず冷静だった。

「お前はちゃんと現実を受け止めている。だからそんなにも、傷ついているんだろ」

ウルフガードの言葉に、管理人は息を止めた。

自分は一体どんな顔をしていたのだろうか。

傷ついているのはウルフガードの方で、独り残されてしまった犯人の恋人の方で。

管理人自身が傷つく資格なんて、本当はないのだ。

源石の力の暴走だったとして、それを言い訳に赦されるわけではない。

それでも、管理人自身が傷ついていることを赦してくれる。

しかし今は、その赦しが酷く胸を締め付けた。

「…確かに殺したのは、お前だ」

突然現実を言葉で突き付けられ、管理人は自分の両手を見た。

もう傷も残されていない手。

その手を、ウルフガードの大きな手が強く包んだ。

「でも…それを隠したのは俺だ」

管理人は息を詰めたまま、ウルフガードを見上げた。

緋色の混ざった金色の瞳には、いつもの柔らかさが戻っている。

けれど、その奥にあるものは甘さではなく、柔らかさの中にも厳しさを伝える眼差しだった。

管理人は一度視線を外すと、握られた手をそっと握り返し、小さく息を吐いてから再度視線を合わせた。

「ウルフガード、僕は…どうしたらこの罪を償えるんだろう」

「償いなんて、簡単に口にするな」

生死を分かつ荒野で生きてきたウルフガードにとって、きっと償いなんて中途半端な言葉でしかないのだろう。

けれど、厳しい言葉の中に突き放すような冷たさはなかった。

「死んだやつは戻らない。お前が殺した事実は変わらない。それでも何かをしたいなら…お前ができることをやるんだ」

ウルフガードの言葉に、管理人は女性の顔を思い出した。

血に濡れた手帳を抱きしめ、弔ってくれてありがとうと頭を下げた姿を。

「…あの人の薬を調達できないか、交渉してくる」

「俺も行こう」

「いや、これは僕がやることだ」

「違うぞ、管理人」

ウルフガードは握ったままの管理人の手を引くと、自分の方へと引き寄せた。

「これは、”俺たち”がやることだ」

管理人は一瞬だけ息を呑んだ。

赦されたわけでもなければ、罪が軽くなるわけでもない。

それでも、前に進まなければならない。

管理人は握られた手をもう一度握り返すと、深く頷いた。

報告書 No.nt8pa64-01件名:四号谷地避難所周辺における警備機器と内通疑惑調査について

対象者:フェンスイ所属:四号谷地避難所登録避難民

調査の結果、対象者はボーンクラッシャーと接触し、避難所内の物資量および警備機器に関する情報を外部へ流出させていたことを確認。

現場到着時、対象者は爆発物を所持。自爆による二次被害の危険性が認められたため、同行オペレーター、ウルフガードが対象者を制圧。

対象者は死亡。遺体はボーンクラッシャーによる悪用および避難所への示威行為に利用される恐れがあったため、現地判断により処理を実施。

避難所関係者には、対象者がボーンクラッシャーとの接触中に死亡した旨を通達。遺品一件を遺族相当者へ返還済み。

本件における避難所側への追加公表は不要と判断。追加調査も不要。

対象者の生存確保には失敗。ただし、警備装置の情報漏洩経路は遮断。避難所への継続的脅威は排除されたものと判断する。

以上、本件処理を完了とする。

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